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灰とバロック

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 家にも帰れないが職場にも考えなく連れて行くことは出来ない。さてどこかめぼしい場所があっただろうか、そう考えながらも、ヒューズの足取りには迷いがなかった。迷いは本人が思うよりも外にでる。そんな様子を見せれば、おしまいだ。何を勘ぐられるかわからないというのもあるが、果てはエドワードがセントラルにいることさえ知れてしまう危険があった。それは現時点ではまだ、プラスに動くかマイナスに動くかわからない情報である。そうであれば、伏せておくのに越したことはない。
 後ろを黙ってついてくるエドワードにしても、自分がここにいる、という情報がどう転ぶかわからないことを理解している、いやもしかしたらヒューズ以上にその使いどころをわかっているのかもしれないが、普段の様子が嘘のように慎重だった。ヒューズは、友人のために、この少年の存在を嬉しく思った。

 ヒューズが足を踏み入れたのは、コーヒーショップだった。
 微かに眉をひそめたエドワードに、ヒューズは悪戯っぽく片目をつぶる。そして、慣れた様子でカウンターのスツールに腰掛けると、「クオリティブレンドひとつ、エスプレッソで」と口にした。
 見る限り店内にメニューらしきものはなく、ただカウンターの奥にひしめきあったコーヒー豆の缶だけがそれに相当していた。しかしそれにしたって、豆の名前ならともかくブレンドの名前が出てくるということはそれなりに常連であるということだろうか。
 スツールに腰掛そびれて(けして背が届かなかったからではない)何となく様子を見守っていたエドワードの前で、店主が無愛想に頷いて腰を屈め、…何をするのかと思っていたら、なぜかカウンターから出てきてしまった。
「…?」
 店主は黙ったままさらに店の前まで出ると、…なんたることか、店の看板を「閉店」としたのだ。呆気にとられたエドワードの前で、ヒューズに店主が口を開く。
「代金はなしでいい」
「どういう風の吹き回しだ? いや、ちゃんと先に」
「そこの坊主のファンなんだ、うちのガキが」
「…は?」
 坊主、と呼ばれいささかむっとしたものの、ファン、という単語でエドワードは表情を選びあぐねてしまう。そんな少年に、こわもての店主がにっと笑った。
「後でサインくれ。それでいい」
 言うだけ言うと、店主はポケットから煙草を取り出し、店の裏手に回ってしまった。エドワードは困ったようにヒューズを見るが、ヒューズとしても意外な展開だったらしく、不思議そうに顎をさすっていた。

「さっきのって、暗号かなんかだったわけ?」
 とりあえずスツールに並んで腰掛けたエドワードは、足元を一度ぶらつかせて、屈辱に顔をしかめた。ヒューズはそれにくつりと喉を鳴らした後、まあそんなもんかな、と頷く。
「合言葉っつーか。要するに、作戦会議してえ時にはあれを言うんだ。エスプレッソで、てつけりゃよ、急いでるから超特急で場所空けてくれ、ってな感じで」
「…ふーん」
 楽しげにからくりを披露するヒューズを見ていると、なんだか子供のようだった。ロイに比べたら、彼は随分とはっきりと「大人」であるように思っていたのだが、…単一の中身しか持たない人間などいないといえばそれまでだけれども、なんだか新鮮なような気がしてエドワードは楽しかった。だが楽しんでばかりもいられない。
「――場所用意してくれてありがと、中佐。で、早速なんだけどさ」
 切り出せば、ヒューズの顔もさすがに引き締まった。エドワードは、一度ゆっくりと呼吸をしてから、再び口を開く。
「…まず、中佐が言ってた、バロックを探せ」
「ああ」
 ヒューズは目を細め、続きを促す。
「意味も、今ある場所も、わかった」
「…! 場所もわかったのか?」
 その反応で、彼が求めていたのが「意味」と彼が言い出した「意図」までを推察することだったと知り、エドワードはにんまり笑う。なかなかいい気分だった。出し抜けたようで。
「ああ。わかった。…たぶん、だけど」
 エドワードは慎重に続ける。
「――マクマラン・シニアの寝室の金庫の中」
「…なに…?」
 ヒューズの目が、意外そうに見開かれた。実際意外だったというか、想像の範疇外にあったことなのだろう。それは、彼が電話で、マクマランの名を出された時に示した反応からも推理することが出来た。
 少なくともヒューズの中では、マクマランはこの件に無関係の駒なのだろう。ジュニアも、シニアも。
「ジュニア?の方が言ったんだ、オレに。親父の金庫にバロックはある、大佐は嵌められたんだ、って」
「…」
 複雑な顔で黙り込んだヒューズに、エドワードは頷いて見せた。
「オレも中佐の言いたいことはわかると思う。なんでそんなことになるのか、動機がぜんぜんわかんねえ」
「動機…か」
「? 中佐は心当たりあんの?」
 難しそうに眉根を寄せたヒューズに、エドワードもまた眉をひそめる。
「――おまえ、信じるか? …不老不死」
 やがて、幾許かの間を置いた後、ヒューズは実に神妙な顔でそんな突拍子もないことを言い出した。エドワードは笑い飛ばそうとして、あまりにも真剣な顔に失敗した。

 スツールを回して、ヒューズはカウンターに背をもたれ天井を見上げた。頭の後ろで手を組んで、思い出すように語りだす。
「…ロイの奴、あいつ、全然年とってねぇんだ」
「…は?」
 確かにロイは童顔だが、とエドワードは首を捻る。年を取らないなんて、そんなことがあるわけがない。だが、ヒューズは首を振った。
「最初は俺も思ったさ、ああ、こいつはほんとに童顔なんだな、って」
「そりゃ確かに大佐はもっと若いつってもまあそうかなってツラしてるけど…」
 だからって不老不死はないだろう、とエドワードは嘆息まじりに首を捻る。しかし、ヒューズは笑わなかった。
「俺があいつと初めて会った時、十代の半ば、そうだな、ちょうど今のエドよりちっとばかし大きいかどうか、って頃の話だ」
「その頃から変わってないのか、大佐」
「…変わってねぇし、…それだけじゃない」
「…それだけじゃない?」
 ヒューズは天井の一点をじっと見つめながら、一瞬躊躇った後、声のトーンを落して打ち明ける。
「――あいつはどんな怪我をしても、すぐに治っちまう」
「…自然治癒力がものすごく高いってこと?」
 エドワードが首を傾げたのは、むしろ当然だったはずだ。しかしヒューズはただ苦笑するのみだった。
「致命傷でも、だよ。…ありゃイシュヴァールん時だ」
「…イシュヴァール…」
 ごくり、とエドワードは唾を飲んだ。それ以上は何も言えない。それは、軽々しく話題にしていい、そんな名前ではなかった。
「逃げ遅れた奴がいた。放って逃げるのが鉄則だ、でもな、あいつはそういうの、見捨てる奴じゃなかった。どうしてかはわからん。…俺には、死に場所を欲しがってるみたいにも見えたが、聞いたこともない」
「……」
「銃撃の中をあいつは戻った。逃げ遅れた奴は助かった。ロイは重症だった。…普通なら、すぐに死んじまうような怪我だ。だがあいつは生きていた。生きていただけじゃない、動くのもしんどそうだったのに、近くの森に食料を探しに行った。…まるで逃げるみたいに」
「…森?」
作品名:灰とバロック 作家名:スサ