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灰とバロック

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 エドワードは眉をひそめるしかできない。ロイの話は、いまひとつ抽象的過ぎた。あるいは、現実の状況と無関係すぎた。
「何代にも渡って、彼らはあらゆる研究と研鑽を重ねた。そしてその中で偶然たどり着いたんだ。命の時間を克服する術にね」
「…時間を克服、って…不老不死? まさか」
 ロイは目を細めて、泣き笑いのような顔で首を振った。横に。
「何代にも渡って集積された知識にはそれだけで価値がある。だが、彼らは夢を見た。もしもたったひとりの天才が死なずに永遠に知識を集め続けることが出来たらどうなるか、と」
「…そんな、…いや、でも、そんなの自然に反してる…無理だ、不可能だろ、どう考えたって」
「その通り。…理論上で完成したその魔法は、成功率でいえば一桁にも満たないものだった。…だが彼らは試さずにはいられなかった。知識こそ、原理こそ、彼らの神だったのだから」
 そして、とロイは一端言葉を切った後、続けた。
「彼らは知ってしまっていたんだ。たったひとり、希代の天才と呼ぶしかないような人物を。幸か、不幸かね」
 エドワードは瞬きした後慎重に尋ねる。
「それが、あんただって?」
 ロイは一瞬目を見開いた後、噴出して「ちがうよ」と否定した。
「私ではない。――私は、実験台だ」
 その笑顔にエドワードは何も言えなくなった。そんな馬鹿な、という思いと、もしもそれが本当だとしたら、というショックで。
「彼は、私から見ても真実天才と呼ぶべきひとだった。誰もがその才能に魅せられた。賢者達も、勿論私もだ。だから、我々は彼に夢を見た」
「…その人も、不老不死に?」
 ロイは再び首を振った。
「彼は、死んだ」
「…どういう…」
「拒否したんだ。不老不死を。私だけではない、数々の被検体の犠牲の上に成功率を50%まで上げたその技術を、拒んだ。そして、死んだ」
 ロイは物言いたげな目でじっとエドワードを見つめている。
「…君のような、ひとだった」
「え?」
 ぽつりと言われた言葉に、エドワードは目を見開く。ロイは繰り返す。
「君のような人だった。自由で、何者にも縛られず、誰よりも聡明で。何も欲せず、ただあるがままに生き、あるがままに死んでいった」
「…オレは結構欲張りだぜ?」
「そうかな。君は、私から見たら随分と純粋な人だよ」
 少年とも子供とも言わず、ひと、という。ロイの独特の人間の扱いは、エドワードは嫌いではなかったが、それでも今は素直にその言葉に頷くことは出来なかった。
「――始原の灰はね、鋼の」
 ロイは話題を変えた。
「あれは、賢者の遺産だ。不老不死を得るために必要なものだ。その施術にね」
「…賢者の石とは、違うのか」
 ロイは首を振った。
「あれは適合者でなければ使えない。不適合者が扱えば、死んだ男のようになる。…だが誰にそれを説明できる?」
 男は、本人の言を信じるのであれば不老不死の男は、困ったように肩をすくめた。
「…私は確かに、あの夜、宝石商を訪ねたよ。鋼の」
「…!」
「あれを探していた。処分しなければと思っていた」
「処分?」
「もうあの技術も理論も、私の頭の中にしか残っていない。賢者達は皆死んでしまって、私しか生きていないからね」
 まるで物語だと聞きながらエドワードは思っていた。ただし、随分と出来の悪い物語だが。
「だが始原の灰には不老不死の伝説が纏わりついて離れない。だから、消してしまうしかないと思った。だがいつも、あれは私の手をすり抜けて逃げていってしまうんだよ。今回もそうだった」
 はあ、とロイは溜息をついた。
「私の前に、先客がいたんだ。…それが、マクマランだ」
「…じゃあ、宝石商を殺したのは、そのじいさん?」
「…試したんだろう。宝石商を使って」
「試すって…」
 エドワードは不安げに眉を曇らせた。
「始原の灰が本物であるか、いなかを。…本物だったから宝石商は拒絶反応で妙な死に方をする羽目になった。それを知っているのはマクマランの他には、推測できる私だけだろう。だから、証拠は何もない」
 ロイは掌を広げて見せた。何の仕種かはわからない。何もない、という意味かもしれない。
「このロイ・マスタングという人生は」
「…大佐?」
 淡々とした口調に、エドワードは眉をひそめる。
「なかなかに面白かったんだ。仲間も多かったし、君にも会えた」
「―――」
 華やいだ笑みに、なぜか不覚にもエドワードの頬が染まる。
「だがもう潮時なんだろうな」
「ちょっと…どういうことだよ」
「私はそろそろまたしばらく消えるべきなんじゃないかという話だよ」
「消える?」
「何しろ年を食わない人間なんて不自然もいいところだ。今までだって、そうしてきたんだ」
 ロイは一度目を閉じてから、ゆっくりと開いた。
「…君の事は忘れない。君が忘れても」
「な、…ちょ、大佐…!」
「離れていなさい、鋼の」
 ロイは表情を消して牢の鉄柵に手をかけた。待て、と止める間もあらばこそ、鉄柵を中心に爆発が起こり、エドワードは咄嗟に受身を取って転がるが、それでも一瞬意識を失っていた。
 轟音と共に柵は崩れ、ロイが現れる。彼は上着を脱いで、昏倒からどうにか立ち上がろうとしたエドワードの頭を覆う。そのまま担ぎ上げて、堂々と歩き出す。
 人の気配がする。当たり前だ。この音で誰も出てこないわけがないのだ。どうする気だ、と問い詰めようとして、エドワードは結局言葉を失った。至近距離で見つめたロイの顔が、それまで知っていたどの顔とも違うように、別人のように見えたためだ。
 止まれ、という声がする。ロイの唇が不敵に笑って、小さな爆発が起こる。爆発とも違ったかもしれない。あの夜、幼い日に見た、あの野犬を追い払った火の流れ。それが近かった。
 自分はどうやら人質に見立てられたらしい、とエドワードが気付いたのは、顔を隠されているせいで女性軍人と勘違いした警備兵が人質を離して投降するよう呼びかけた時であった。もうその時には何を言っても遅かった。今更顔を出すわけにも行かない。
 勿論ロイがそれに応じるわけもなく、彼は爆発で綺麗に、文字通り警備兵を煙に巻くと、そのまま外へと逃げ出し、その逃げ出す過程でエドワードを降ろした。それは図らずも軍法会議所に程近い場所で、少年に変装させやってこさせたのが誰か、彼は最初から気付いていたのに違いない。その上で、あの昔話をしたのだろう。
「――さよならだ、エドワード・エルリック」
 へたりこんでいたエドワードの頭上からは、そんな台詞が聞こえた。反論したかったのだが、その深い目に射抜かれたようになって、動けなかった。指一本、動かすことが出来なかったのだ。



 しばらくそうしていたエドワードだが、勿論意気消沈したりなどしなかった。むしろ激怒していた。怒りは時を追う毎に増していって、今などその顔が凶悪極まりないことになっている。
「ふっざけんなよ…意味わかんねえんだよてめえ…!」
 彼は立ち上がると、仁王立ちしたままロイが消えた先を睨む。そしてスカートにもかまわぬ荒々しい足取りで軍法会議所へと乗り込んでいく。とりあえずその格好で追いかけるのは思いとどまったのである。

作品名:灰とバロック 作家名:スサ