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灰とバロック

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 光沢だけなら真珠がもっとも近いそれは、しかし、世に知られているような球形ではなかった。養殖に多い半円でもなければ、シードパールとも違う。それはまことに奇妙な形をしており、辛うじて物としての形を保っているような、そんな形状をしている。今にも溶けて流れ出してしまいそうな、そんな、波状の物体。奇跡に近い確率で「形」を保つ、不思議な物体。それが確かに真珠の光沢を纏い、放ち、ビロードを外側に張った宝石箱、その中の絹の海に揺れていた。
 うまく核を捉えられずに真珠になり損ねた何か、あるいは、いわゆるバロックと称される畸形の真珠か。世間的にはそのどちらかに分類されるものであろうが、しかしその金色がかった乳白色の光沢といったらすばらしいもので、なりそこないや畸形という表現はどうにもそぐわない。だが、形だけを言うのであれば、それはやはり、未形成あるいは畸形として扱われるべきものだった。
「――では二千万センズから始めましょう」
 屋敷の主が、舌なめずりでもせんばかりに目を細めて口にした。

 そして、夜半の雨が街路をひんやりと濡らしていた暁闇の頃。
 セントラルに広大な屋敷を構える宝石商、その邸宅から使用人が泡を食って所轄の憲兵隊へ駆け込んできた。電話は通じなかったのだ。「何者かによって」夜のうちに断線されていたから。
「た、大変…大変です…!」
 夜勤の憲兵が目を丸くして出てきたが、中年の男は大変を繰り返すばかりで埒が明かない。どうにかこうにか落ち着かせるためには、数分を待たなければならなかった。
 そして待って、説明を聞いて、さすがに憲兵は機敏に動き出した。その時点では、彼らにとって何件も扱ってきたケースとさほどの差はない印象だったからだ。しかし、使用人(後に執事だと判明した)についていった宝石商の屋敷で、憲兵達も息を飲む羽目になる。
「…これは…一体…」

――主が殺されている、夜半に訪れた来客の姿が見えない。電話線も切られた――

 その報せを受けて憲兵は出動したのだ。しかし、確かに主人は生きてはいないようだったが、普通の、というのも変だがとにかく普通の死に方ではなかった。
 男は、見ようによっては生きているようにも見えた。何かをしかけて立ち止まった、そんな瞬間の、ほんの少し首を傾げたような様子で固まっていたのだから。しかし彼がそこから先に動きを進めることはなく、また、息をすることもなかった。
「…死んで…るのか…?」
 白み始めた光が男を照らす。まるでたちの悪い昔話のように、男は動かない。体中に真珠色の光沢を纏って、精巧な蝋人形のように、今にも息をして動き出しそうな様子でたたずんでいる。これが置物ならよほどに腕のいい職人の手によるものだが、勿論そんなわけはない。
 誰かの呟きがその事件の怪異性を浮き彫りにしていた。まるで誰かの夢の中にいるような、そんな事件だった。

 とにかく、いつまでもそうして阿呆のように見とれていても事態はさっぱり動くわけがない。
 憲兵達は、とにかく、自分達のフィールドに事態を落として、手馴れた手法で出来るだけの情報を集めることから始めた。わからないものはいくら考えてもわからないが、理解できることがひとつもないわけではない。夜半に訪れた客がいて、その客がいない。来客前は主人は生きていた。それなら、とにかく、その怪しい客を探すことくらいは出来る範囲のアクションだ。
「主は大切なお客様だからと…どこの方ともわかりませんでしたが、そうですね…、」
 憔悴したような執事は、ぽつりと言った。
 軍の方のようでした、と。
 黒いコートを着ていたが、その下に見えた襟は軍服の青だと彼は言った。なるほど、確かにあれに似た服は恐らくアメストリスにはほとんどない。あらかじめ区別をつけるために、あの型であの色の服は自粛するような向きが世情としてあるからだ。
 この情報に憲兵達は複雑な溜息をついた。
 憲兵ではない、青服が絡んでいるのならこれは軍の管轄である。自分達が動員されることはあるかもしれないが、捜査の指揮は軍に移るだろう。それが幸か不幸かは今のところ彼らの誰にも判断がつかなかった。

 そうして、宝石商が怪異な死に方をした夜明け、早々に事件は統括である中央司令部へ報告されたのだった。



「だーって、こんなの普通の真人間の俺らの手にゃ余るぜ!」
 たまたま運悪く出張していたロイは、親友のかったるそうな物言いにぴくりと頬を動かしたが、それ以上は何も言わなかった。
 言っても無駄だと知っている。口でこの相手に勝てる気はまるでしない。
「こんな複雑怪奇特集、やっぱりビックリ人間大集合!なおまえさんらの出番じゃねえの?違う?」
 なあ、と首を傾げる髭面の男に、ロイは深々と溜息をついて指摘した。うっすらと微笑みさえ浮かべてだ。
「一件で特集とは言わないと思うぞ、ヒューズ」
「ちょ…、大佐、それ突っ込みどころ違うと思うんすけど…!」
 護衛としてついてきていたノッポの部下が思わず上司の言に反応してしまう。確かにそんなことは全く問題ではない。…はずだ。
「それに私ひとりでは大集合にならんだろうに」
 が、上司は部下の言などまったく取り合わずに、実にマイペースにそう重ねた。部下は諦めたようにがっくりと肩を落とす。時折この上司は天然な反応をするのだ。
 しかし、ヒューズは何が楽しいか笑って手をひとつ打った。
「違いねぇや。さて、まあ冗談はさておき、だ」
 冗談だったのかよ、ていうかどこまでがだよ、とノッポの少尉は心の中で突っ込んでみた。口には出さない。疲れるだけだからだ。
「実際、こんなわけわかんねえの、未解決でくくるしかねえんじゃねえの、って思ってんだよな」
「随分早く白旗を振るんだな、おまえらしくもない」
 おや、と唇を歪めたのは反撃なのか、それとも単なる無意識か。とにかくロイのその台詞に、ヒューズは嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。
「言うなって。俺も困ってんだぜ、一応。でもよ、特に金品がなくなった様子もない、争った形跡もない、まあ電話線は切られてたらしいがよ…、類似の事件も勿論ない。こんなん、俺らにもお手上げよ」
 はああ、と深く溜息をついたヒューズに、ロイは首を傾げた。
「何も取られてもいないのか?では怨恨か」
「怨恨だと今度ぁよ、線が多すぎて絞れねえ」
「……」
 奴さん結構あこぎな商売してたらしくてよぉ、と顎をかくヒューズに、ロイもまた苦笑した。
「大体、なんで皆変な事件てーとこっちに投げてくんだかね。こんなんうちの管轄じゃねえっての。軍法会議所って名前皆わかってんのかね? あーあ、どっかに名探偵でも転がってねぇもんかな」
「頼られているんだと思えばいいだろう。前向きはおまえの特技じゃないか」
「おまえさんも口がうまくなったもんだね。…まあ、しゃあねえわな。やらんことには仕事はなくならん。未解決なら未解決で、やれるところまでやっとかんことには流せもしねえだろうし」
「そうそう、その調子だ」
作品名:灰とバロック 作家名:スサ