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灰とバロック

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 男は、静かな警戒を身にみなぎらせている少年に少し笑ったようだった。妙に余裕のある笑みだった。そういえば全体的に余裕のある男で、雰囲気として、社会の上層にいる人間であろうと思わせるものを持っていた。
「君の後見人殿にある嫌疑がかけられている」
「…大佐に?」
 エドワードは眉をしかめた。あの男、とうとう上層部に何か弱みでも握られたのだろうか?まさかそれは自分達兄弟にかかわることなのだろうか、と、見知らぬ男が自分の目の前に現われたことを踏まえつつエドワードは考える。
「あいつ、なんかしたの」
 気のなさそうなそぶりで尋ねたのは保身のためである。自分達を守るのが第一義、そして少しくらいは勿論、自分達のために彼を危地に陥れるわけにはいかないという理由もあった。寝覚めが悪いではないか。
「十中八九、した、だろう、と上層部は考えている、といったところかな」
「上層部? …さて、軍のひと?どちらさん?」
 エドワードはくるりと瞳を動かして、探るように男を見上げた。その小さめの頭の中では、ぐるぐると思考が回転を始めている。男がどこまでエドワードのことをわかっているかは不明だが、…もしもエドワードを知っていてここまでの時間を与えているのだとしたら、この男は相当間が抜けている。エドワードは最年少の国家錬金術師、つまり国内有数の頭脳の持ち主にして、本職の軍人達にそう引けをとらない腕っ節の主でもあるのだから。
「――今のままでは困ったことになる。君に、来てもらえないだろうか。不躾で申し訳ないのだが」
「…質問には答えられないって?」
 面白くもなさそうにエドワードはふん、と呟いた。
「自分の身分も所属も名乗らない、どこに来いとも言わない。出すのはあいつの名前だけ。…今時誘拐犯だってもっと頭使うぜ?」
 冷たくそう評したが、男は余裕のある表情で「なるほど」と相槌を打つだけだった。もしかしたら嫌味が通じないのかもしれない。
「どこにというならセントラルだが――」
 やがて男はジャケットの胸ポケットから一枚のカードを取り出し、エドワードの前に置いた。思うところはなくもなかったが、少年はそれを一瞥する。名刺のようなものらしい。名前と、オフィスなのか住所が書かれていた。確かにセントラルの住所である。
「…マスタング大佐は、今、セントラルの政治犯収容所に留置されている」
「…は?」
 カードの住所を見ていたエドワードの耳に、にわかには信じ難い情報が飛び込んできた。あの男がそんな下手を打つだろうか。そんなに可愛げのある男ではないだろうに。
「彼にかけられた嫌疑は殺人だ」
「…えぇ?」
 エドワードはただ聞き返すことしか出来なかった。それもまたあの男とはあまりに結びつかない話だったから。
 思い起こす限り浮かぶのはつかみどころのない、余裕のある笑みだけで、とてもそんな印象とは結びつかなかったのだ。
「だがまだ確定したわけではない。状況は彼に不利なものだが、証拠が不十分なんだ」
「はぁ…」
 元々上からはよく思われていないことを知っていた。エドワードから見てさえ生意気だと思われるだろうな、と時折思うくらいだから(誰しも他人のことはよく見えるのだ)、ご老人方から見たらさぞかし可愛げのない男だろう。ひとつ怪しい部分を見つけられればひとたまりもなく潰されるに違いない。
 …だが彼が潰されるのはエドワードとしても困る。現実的に彼に何かあれば塁が及ぶ可能性があるのが困るし、それだけでなく、やはり気分がよくない。あの男にそこまでの親しみを感じているわけでもないが、他人と思うほどに遠くもない。それに、彼の気のいい部下達だってもう知っている。訪ねる度にお茶と菓子をそっと出してくれる中尉は少し怖いけれどいい人だと思っている。
 放っておくことは、どうにも出来そうにない。
「――で、あんたはどっち側なんだ」
 エドワードは単刀直入に聞いた。
 すると男は笑って、小首を傾げた。
「私は昔彼に助けられたことがあるんだ。だから、ここでつまらぬ容疑をかけられて潰されて欲しくはないと思っているよ」
 目を細めての台詞を、エドワードはじっくりと吟味した。
 とにかく、今はこの男の言っていることを確かめる術がひとつもない。溜息をついて、エドワードは立ち上がった。
「オレは連れがいるんだ。そいつとも相談しなくちゃなんねーから、相談がついたらあんたに連絡する。それか、セントラルに行ってここを訪ねる」
 それでどうだ、と見やれば、男はなぜか楽しげに笑った。
「そうだね、それがいい。…失礼だが、君は見かけよりずっと大人なんだな」
「…何が言いたいのかな」
 ぴくり、とエドワードの眉が動いた。
 どこまで何を知っているのか解らないが、男がさらりとこう口にする。
「見た目は少年なのにという話だよ」
 しかし禁句が飛び出すことはなく、まあそれはよかったのだが、なんだか肩透かしを食らったような気分になったのだった。

 その後アルフォンスと合流し、男の話をした。弟は当然「はぁ?」と首を傾げていたが、とにかく真実であれ嘘であれ、いずれにせよあの男の意図は探っておいて損はない。
 とりあえず善は急げと東方司令部へ連絡した。すると驚くべきことに幾分憔悴したような声の中尉が出て、ロイが拘留されているのは真実だと教えてくれた。
『私たちにも何がなんだかわからないのよ…殺された宝石商があるものを奪われて、それが大佐の探していたものだから、というのが拘留の理由なのだけれど、大佐自身はその宝石商と面識はないの』
「面識がないのに同じものを探してたって理由で?それはいくらなんでも無茶苦茶じゃないか」
『…殺された男の執事が、主人が死ぬ前に訪ねてきた客がいて、それは軍人だった、と言ったの。そして、…これが決めてといえばそうなのだけれど、男は普通の死に方をしていなかった』
「…どういうこと?」
 電話の向うでは逡巡するような気配があったが、意を決したらしい中尉は控えめの音量でこう言った。
『魔法使いか錬金術師でもなければ出来ないような殺し方だ、と言われているわ』

 その後セントラルにも連絡を取り、どうにかヒューズを捕まえた。情報というなら彼の方が詳細であろうし、何より本当にロイが拘置されているのであれば、ヒューズの専門だろう。エドワードを訪ねてきた男のことも知っているかもしれない(中尉は知らなかった)。
『よぉ、エドか。ひっさしぶりだなあ』
 電話の向うの声は相変わらず明るかったが、それでも疲労の色は隠せていなかった。電話でさえ、だ。実際に会ったら、きっと相当に疲れているのだろう。ロイが拘置されているのなら、まあ無理もない話だが。
「オレ中佐に聞きたいことあんだけど」
 エドワードは単刀直入に言った。主語を省いたのは、盗聴の可能性を考えたというよりは、単に気が急いていたからだった。
 元気か、というのを遮って性急に聞いてきた子供に、ヒューズは無精髭の増した頬をかり、と擦る。
 さてこの電話は悪魔の誘いか天使の助けか。
『ま、なんだ。…おまえさんの聞きたいことは、大体わかってる』
「……」
作品名:灰とバロック 作家名:スサ