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覆水盆に返ることもある

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「……ヒューバート?お前、ヒューバートか!」

「…………」


七年ぶりに帰ってきたラントは、既にフェンデルとの戦場となっていた。

ヒューバートは手際良くフェンデル軍を撤退させ、後処理をしている最中に聞こえた、どこか聞き覚えのある声に思わず手を止める。ちらりと振り返れば、昔の面影を色濃く残したアスベルの姿が見える。


「このストラタの軍は…、お前が寄越してくれたのか?」
「…ええ」
「そっか…、ありがとうな、ヒューバート…!助かった」



ニコニコと笑ってアスベルは手を差し出してくるが、勿論ヒューバートは手を取ろうとはしなかった。

じっくりとアスベルの姿を見れば、それは間違いなくウィンドルの騎士見習いの格好で。


(家を出て騎士になろうとしたのは、本当だったようですね…)



立派な剣を腰に差し、昔の病弱な様子など微塵も見えない兄の姿にヒューバートは苛立ちを感じた。

昔ならば、いざ知らず丈夫な体になり領主になる資格を持ち得ているはずなのに、家を飛び出していた兄に、反発ともいえる鬱屈した気持ちが芽生える。



「……なぁ、ヒューバートはラントにどれくらい居れるんだ?もし長く滞在できるようなら、これからの事とか、家で話さないか?」

「…………」

「ヒューバート?」 

「……家を捨てた人が、今更領主面ですか?」

「……ヒューバート…、」


ヒューバートの言葉に、アスベルは驚いたような顔したがすぐに悲しそうな顔をする。
「……ヒューバート、俺は……確かに家を出た。…けど、これからはちゃんとラントの領主として…、」


「貴方に何が出来ると言うんですか?現に今もラントを戦場にしたというのに」

「それは…、」


言葉に詰まり、俯くアスベルをヒューバートは鼻で笑う。

そして、ヒューバートはそっと武器を腰から抜いてアスベルへと突きつけた。



「ヒューバート…?何を…」

「剣を抜いて下さい。僕と勝負して貰います」

「え…?」


状況が飲み込めず、目を丸くするアスベルに更にヒューバートは続けた。


「もし、この勝負……僕が勝ったら貴方には領主を辞めて貰います」

「そんな…、」

「勝てる自信が無いんですか?だとしたら、ハナから領主なんて無理な話だ」



安い挑発とも言える言葉。



その挑発に乗ったのかどうかは定かではないがアスベルを意を決したのか剣を抜いた。




「っ…、はぁ……っ」

「僕の、勝ちですね」



勝負は数瞬だった。

ストラタの軍で血の滲むような努力をしたヒューバートにとっては、アスベルの攻撃など何の脅威も感じない程だった。



この人は七年間、何をやっていたんだろうかと、ヒューバートは思う。

自分の欲しかったモノを全て持っていたのに、何もして来なかったのだろうかと思うと、腹立たしくも思う。



「……っ、は…、ヒュー…バート」

「約束通り、領主は辞めて貰いますよ」

「……ならっ…、ラントの領主は…、誰が…なるんだ?…お前か?」

「………とりあえずは、そうなりますね」



正確にはラントの総督なのだが、領主の仕事をすることには違いない。


ヒューバートがそう答えると、アスベルは安心したような顔をした。



「…そう、か…。なら良い…。……俺は、ずっと…、お前が領主になればって……」

「何も聞きたくないですね。早くラントから出ていって下さい」

「………、っ」




ヒューバートはそう言って冷たく言い捨ててアスベルに背を向けた。

だが、アスベルの気配が動く様子がない。それに、ずっと断続して聞こえる荒い呼吸音にヒューバートは違和感を感じて振り返った。




「……どうしたんですか?」

「…ごめ…っ、なんでも、ない…から。……すぐ、出て…いくから…」

「……兄さん…?」



胸を押さえて苦しそうに呼吸するアスベルの姿に、ヒューバートは既視感を覚えた。

それは幼少期、何度も見た発作を起こした兄の姿だった。



「……兄さん、まさか…まだ、病気が…」

「……ひゅー…、ばーと……、」



苦しそうに片手で胸を押さえながら、虚ろな目でもう片方の手をアスベルはヒューバートに向かって縋るように伸ばす。


その手を取ろうと、走ったのは、もはや反射的なモノだった。


地面に崩れ落ちる寸前のアスベルの体を抱きとめて、ヒューバートは安堵の息をつく。

アスベルの顔を覗き込めば、顔面蒼白な青白い顔に思わず勝負を吹っかけたことを後悔した。


「……兄さん」



見た目より、ずっと軽いアスベルの体を抱きしめながらヒューバートは一体自分はどうすれば良いのかと、頭を悩ませるのだった。