闘神は水影をたどる<完>
9.忠義
フェリドは身を低くして前方を窺いながら、目に映る状況をどう判断したものか出るに出かねていた。
一台のくたびれた幌馬車と、その側に繋がれた数頭の馬のなかにフェリドの馬を発見できるほど近くまで来ていたが、視線のさきにはふたりの人影があった。
ひとりは髪を撫でつけた若い男で、抱えられるほどの大きさの姿見を持っていた。もうひとりはフェリドと同じ年頃の優男だった。彼は木陰に隠れながら、男が構えた姿見に自分を映し、場違いも甚だしく礼服に身を改めているところだった。まるでそのまま教会に駆け込みかねない恰好である。
フェリドはすっかり気勢を削がれた心地で馬を下り、足音を忍ばせてふたりに近づいていった。
「よくお似合いです。大切なところですから、身なりは整えておかないと」
「しかしなあ、僕はアルシュタート様をお助けしに命からがら飛び込んでいくのだから、もう少し勇ましい恰好のほうがいいと思うのだけれど」
「雨で随分時間を食ってしまいました。アルシュタート様はいま酷く難儀を感じておいでかと。若君が毅然とした態度で王宮と同じ振る舞いをなされば、たいへん、ご安心なさることでしょう」
「そんなものか。さてそろそろ行こうかな。合図を頼む」
付き人らしい男は姿見を下ろすと、ランタンを何度か大きく回した。
フェリドは目を眇めて剣の柄に手を置いた。
アルシュタートとは、アルのことに違いない。しかしこのふたりのいうことはどういう意味だ。まるでアルが危険に晒されていることをあらかじめ知っていたふうだ。更にフェリドの解せないのは、にもかかわらず、危険に晒されることなどないと確信しているような場の長閑さだった。フェリドは背中が嫌な気配に泡立つのを感じた。
フェリドはそのままふたりの背後に這い寄った。一歩踏み出せば間合いに入れられる距離を詰めて立ち上がる。
ふたりは暗闇から突然現れたフェリドにぎょっとなった。
付き人のほうが腰の剣を抜いて構えたが、フェリドから見れば構えと呼べるほどのものではなかったし、得物は染みひとつない壁の上に華奢な細工で飾られるのが似合いのレイピアだった。
「こんなところでなにをしている」
早口で問うたのは付き人の男だった。しゃべらないほうがいいだろう。フェリドの風体に剣呑なものを感じているのか、喉が震えている。
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ