闘神は水影をたどる<完>
10.ごめんなさい。どうか私を許してほしい
「ひりひりする」
薬を塗られただけの火傷が海風にしみるのだろう。アルは顔をしかめて、両手で頬を押さえた。勿論泣いてなどいなかった。軽い足取りで砂浜を渡ると、波打ち際まで近づいていく。寄せる波に浸からないよう舞踊めいた動きでかわし、ぽつぽつと砂に残した靴跡を振り返って、にこりとした。
「ファレナは河の国なので、エストライズという港町まで出なければ海をこんなに近くに感じることができないのです」
嬉しそうに言う、アルの顔はまだ遊びたい盛りのこどもそのもので、フェリドは笑いを噛み殺した。
ガレオンは今度こそ主君の側を離れぬと豪語したが、アルに明日からは誓って行動を共にすると懇願され、フェリドに責任をもって護衛すると約束され、サルガンにできれば王邸のほうで今回の事件のあらましを説明していただきたいと頼まれ、一言では言い表せない複雑な表情で承諾した。
サルガンは海兵を四人残し、ガレオンとほかの海兵たちとともに蹄の音も勇ましく王邸に帰って行った。
残った四人の海兵は良くできた置物のように、フェリドとアルから充分距離をとった位置で周囲に目を光らせている。
「貴方を巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
アルは笑みを潜め、沈鬱な表情でその秀麗な相貌を埋めてしまった。波際を離れ、フェリドの前に進み出る。
「俺は自分の意志であの場に行った。気にするな。しかし、多少なりとも俺が助けにくると思わなかったか?」
「いえ、まるでそんなことは。ひとりでなんとかすることを、第一に」
フェリドは勢いよく吹き出し、からからと笑った。
「あ、いえ。貴方を忘れていたとか頼りないとか、そういう意味ではなく」
慌てて弁解するアルの様子が真摯なのが不謹慎なほど滑稽に思えて、フェリドは笑いを止めることができなかった。アルはむっと口を噤むと、しかし悪いと思っている手前フェリドの態度に文句も言えないのか、さっと腰を下ろし、膝を抱えて顎をその上に預けた。
フェリドは苦笑の混じった咳払いをしながらそれに倣った。
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ