闘神は水影をたどる<完>
震える指先を砂浜に突いて、アルは頭を下げていた。ガレオンがこの場にいれば血相を変えて止めたに違いない。
「ファレナの民の身勝手な振る舞いによって、オベルの民の誇りを傷つけたこと、深くお詫び致します。そしてそれでも私はきっとファレナの民を完膚無きまでに打ち据えることができなかった、その弱さを」
言い切って、ひたとフェリドを見つめた。
「フェリド。私は貴方が助けてくれたことを心から感謝します」
フェリドは再び頭を垂れたアルの手を取って顔を上げさせると、その手に付いた砂を払った。
昼間は革手袋に覆われていた掌は白く薄く、フェリドの半分にも満たないのではと思われた。しかしそのフェリド相手に一本奪い、そして誇りのため地面に突いて頭を下げることすら厭わぬ手だった。フェリドはアルの膝にそっと手を戻してやり、自らも姿勢を正して海に向いた。
「うちの上の妹も王の娘という意味じゃ姫といえるし、歳もそう変わらんだろうに、おまえみたいなことはまだあいつには言えないよ」
アルは小さく笑って肩を竦めた。
「妹君がいるのですね」
「今日もうひとり生まれた筈だから、驚きの七人兄妹さ。みな仲が良い。その上の妹がいま十四だな」
フェリドの言葉にアルは目を見開き、憮然として声を低めた。
「私は、十六ですが」
「俺と二つしか違わないのか」
「それしか離れていないのですか」
今度はフェリドが憮然とする番だった。
「どういう意味だ。しかもまだ正確には俺は十八になっとらん」
「いいえ」
アルは曖昧に言葉を濁し、口元に手を当てて堪えていたがとうとう吹き出した。フェリドの物言いがあまりにも心外といって憚らぬ、それこそ歳不相応の、小さなことでへそを曲げる少年のようだったからだ。肩を震わせているアルに、フェリドも声をたてて笑った。アルは呼吸を整えるのに随分時間を要し、ようやく落ち着きを取り戻すと、海上にのぼった色濃い月を見上げ息を吐いた。
「今回の旅は、友好条約を締結している国に限って許された見聞の旅です。でも本当は、ファレナの姫として最後の我が儘をきいてもらった。この旅が終わったら、自由に王宮を出ることはできなくなります」
「どうしてだ?」
「闘神祭が決まったからです。しきたりに従って毎日を過ごし、禊ぎの期間を迎えなければなりません」
「それで自由を奪われることを嘆いている?」
「いいえ。後世に謳われる女王になるためにはすべてを投げ打つ覚悟でいます。ファレナの民を守るだけの力を得るには、たとえ悠久の時間があったとしても私には足りません。でも」
アルはそっと足下の砂を握った。湿りを帯びた砂はぼろぼろと塊になって浜に落ちた。
「ただこういうふうにしたかっただけかも知れません」
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ