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闘神は水影をたどる<完>

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 砂は何度もアルの手によってほぐされ、やがて柔らかくさらさらと流れ落ちるようになった。アルは爪のあいだに入った砂を見つめながら続けた。
「母上と伯母上はいま、次期女王の座を巡って水面下で争っています。その背景に、有力貴族たちの争いがあります。冷たい水底で、暗澹たる深淵を覗いているような毎日です。女王というのはああも暗い果てにあるものではないはず。でも」
 二度目の否定は振り絞るような悲痛なものだった。
「私のこの髪。女王家特有の色で、陛下も、母上も伯母上も、みな銀髪です。妹は、生まれた頃は父上譲りの亜麻色が強かったけれど、年を追う毎に銀に近くなっていきました。私は妹の髪を染めさせました。頷いてくれました。まだ六つです」
 フェリドはアルの美しい銀髪を眺めた。内側から輝くような白銀だ。それに隠された横顔をひょいと覗き込むと、アルがたしなめるように声を尖らせた。
「なんですか」
「泣かないものだな。俺はこれでもう三度くらいおまえが泣く気がしたぞ」
「泣いたりなどしません」
 強い物言いにフェリドは苦笑を浮かべ、すっくと立ち上がった。
 ぽかんと見上げたアルの脇を通り抜け、白い泡の打ちつけられる波際に立ち、寄せる波に一歩を踏み出した。透きとおった水中で揺らめく踝を見下ろし、潮の香を肺いっぱいに吸い込む。背後でアルが不思議そうに名を呼んだ。
「さっききょうだいはみな仲が良いといったが、あれは嘘だ。俺と唯一同じ母の血が流れるすぐ下の弟だけは、俺を嫌っている。裏切ったことがあるからだ」
 アルが浮かせかけた腰をゆっくりと砂浜に下ろした。
「二年前に母が亡くなってな。第二王妃とも姉妹のように仲が良く、そのこどもである下の妹たちにも慕われていた。とても利発なひとだったんだが、故に繊細過ぎるきらいもあった。死の背景はさっぱりわからん。嵐の海岸にひとりで出掛けていったとかどうとか。そんなことはあとからみなが解説した」
 水面越しに見る皮膚は、そのときの母の色に似ているだろう。
「俺と弟は海賊討伐の遠征に出ていた。報せは四日遅れて届いた。俺はすぐに離艦を決め、弟にもそうするよう言った。だが弟は拒んだ。オベルを脅かす海賊団を捕らえるまであと一歩のところだった。俺はひとりで連絡船に乗り、安置された母の棺を見た。弟は二週間後に凱旋し、小さな壺に収まった母を見た。俺は私情で任務を離れたが、あいつは私情を殺して任務を遂行した。だから憎んでいる。ぶん殴ってでも自分を連れて行かなかった兄を」

作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ