闘神は水影をたどる<完>
別離
王邸前から兵舎に続く水場は海軍関係者以外の立ち入りを禁止されていた。若い海兵たちがほろ酔い気分でばら撒いたのか、張られた水には花弁が浮かんでいた。風に吹かれて笹舟のようにゆっくりと回るそれらのあいだに、余すところなく夜空の星が鏡映しになっている。王邸から溢れ出たベルナディンの芳香が辺り一帯にたちこめている。燭台の無数の炎を背後に、色鮮やかな城下の提灯明かりを眼下におさめる。ここは絶好の景観といえた。しかしそこへ佇む人物は景色を愛でる様子もなく、さながら決闘相手を待つ風貌だった。
フェリドは取り返した愛馬を引き引き水場に足を踏み入れると、階段の前で仁王立ちするサルガンを見て、瞠目した。すぐに破顔する。 一方のサルガンは迎合の笑みを浮かべることもなくそのまま厳しい目をフェリドに向けた。当然である。フェリドの恰好は祝賀の儀で身に着けていた黄金の礼装姿でなく、馳駆けに出るというには納得できない、雨風を凌ぐための野外套姿になっていた。連れた馬に積まれた荷物も、遊びに出るそれではない。フェリドは笑顔のままサルガンの前で足を止めた。
「いずこかへお出掛けか。妹君の誕生祝いに」
「まあ、目を瞑ってやってくれ」
「いつものように」
「そうだ」
「いつまで」
「ずっとさ」
サルガンが腕組みをして首を振った。おもむろに腕を崩し、外套を外す。
一等兵の証したる朱の円が描かれた白の外套が背後に落ちた。サルガンは剣を抜いた。研ぎ澄まされた水晶のような細身の刀身がきらめく。
フェリドは馬を放し、腰を落として低く構えた。
両者は微動だにせず睨み合った。
いんいんと鼓膜にこだまするような静寂を、どん、と火薬の破裂する音が突き破った。ぱぱら、と間抜けた響きと共に鮮やかな色が水場を照らし出す。フェリドは地を蹴った。白い水場にふたりの交錯する影が濃く落ちる。激しく互いを攻め立て合い、弾いたさきから繰り出される相手の一刀より前に剣を振るう。サルガンが剣の持ち手を変えた。突如方向を変えた太刀筋に惑わずそれを防ぐ。がん、とそれまでとは異なる重い衝撃が剣に与えられたときには、フェリドは足払いを掛けられて転倒していた。
「昔やった手だ。簡単に引っ掛かるな」
突きつけられた白刃の向こうで、サルガンが不敵に微笑む。もう一方の手には留め金から外された鉄造りの鞘が構えられていた。倒れたままのフェリドの身体を跨ぎ、喉へ剣を差し向けた。
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ