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闘神は水影をたどる<完>

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 どおんと花火が上がる。フェリドは背骨から伝わる音に身を震わせた。サルガンが黒い人影になり、その背中越しに極彩色の光が降り注いだ。
「副官として、精一杯お止めした」
「最後まで勝率は覆せなかったか」
「いや。私がこれでもう一勝、前に出たさ」
「友人としてはどうする」
「同じさ。おまえをはっ倒す」
 真っ白い光が噴水のように夜空を流れた。ざあっという破裂音が落ちてくる。剣先が逸らされ、代わりにサルガンが頭を屈めた。唇に触れた温もりが一瞬で離れ、夜気の冷たさをまざまざと感じた。サルガンの赤毛が光に透かされ、金髪に見えた。
「知ってたかサルガン。親父殿は俺たちの結婚を考えていたことがある」
「いまそれをいうかい」
 サルガンが溜め息を吐き、つきあってられないといった様子で剣を鞘に納めた。見下ろしたさきで悪戯っぽく笑う黒い目を見遣り、鼻を鳴らした。
「そうしたら私が嫁入りする立場なのだろう」
「まあ、俺が婿入りするわけにいかんだろうしなあ」
「サルガン・イーガンなんて妙な名を私に名乗らせる気か。御免被る」
 サルガンの股下でフェリドが豪快に笑う。サルガンはフェリドの上からどき、外套を拾い上げて手早く汚れを払った。もとのように外套を留め金に通してなお、フェリドは寝転がったまま、夜空の祝宴を眺めていた。
「綺麗だぞサルガン。おまえもこうして見るといい。ここは夜空のまんなかだ」
 弛んだその横顔にサルガンが投げかける。
「私は遠慮させてもらうよ。弟君を誘ってくれ」
 フェリドは笑って首を振る。
「さようならフェリド」
「サルガン」
 赤、白、黄、緑。夜空に大輪の花が咲いた。
「さようなら」
 呼びかけに応えず、或いは聞こえなかった、そもそもその場に自分以外の誰もいなかったというように、サルガンはいつもどおり、靴音を高らかに響かせて進んでいった。響きは寝転んだフェリドの耳奥に突き刺さった。そのこだまに被さるようにして近づいてきたもうひとつの靴音に、フェリドは身体を起こした。白い水場の石畳に影が伸びている。花火に一度掻き消され、再び落ちたその影は、フェリドの側で立ち止まった。リグドが何の感情も読み取れない顔でこちらを見下ろしていた。
「なにをしてるんです」
 彼は当然礼装のままだった。弟の運んできた花の香りに、フェリドは微笑む。
「旅に出ようと思う」
「何故」
「もうずっとそう決めていた」
「理由を聞いている」
「地に足をつけて世界を見たいんだ」
 リグドは吹き出したような咳き込んだような、半端な息を吐いた。花火に浮き上がった白い袖に、見事に縫い取られた刺繍がよく見えた。その腕を持ち上げ、頭を抱える。貴方は本当に英雄趣味のこどもだ。小さく吐き捨てるのが聞こえた。
「おまえも来るか」
 リグドは無言で腕の陰からフェリドを見た。口を開いた。花火が上がる。言葉は消えたが、痛いほどよく聞こえていた。
「俺はいつだって自分の意志で自分の行動を決めてきた。いまも、これからもそうする」
「わかった」
 フェリドは立ち上がり、無造作に尻を叩いて埃を落とした。王邸を見上げる。蝋燭の炎を無数に灯された王邸は、涙に掠れたように建物自体が揺らめいて見える。打ち上がる花火に合わせ、歓声が聞こえた。
「ロゼリッタ」
 フェリドは深く息を吸い込んだ。

作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ