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闘神は水影をたどる<完>

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「ちょっと待て、確かにこれは俺の馬じゃないが……」
 男はフェリドに詰め寄ると豪快に剣を振るった。背を逸らして避ける。馬が高く嘶いてフェリドの手から逃れた。そのときにはもうその手で剣を引き抜いている。気合いの声を高く上げて男が胴薙ぎに振る。刃を掠めながら太刀筋を逸らして剣を弾き返した。男は動じず、剣を右手から左手に持ち換え、再び懐に斬り込んでくる。フェリドは身を反転させ、その勢いを殺さず男の死角から剣を繰り出した。胸に熱いものを感じる。男は彼の首筋に密着させられたフェリドの太刀を見遣り、そのフェリドの動きをすんでの所で止めた自らの剣先を見遣った。
 まちがいなく武人の動きである。
 フェリドは着物を裂き、薄皮を一枚貫いただけで止めた男の剣筋に身を震わせた。剣を下ろし、笑みを浮かべる。男は少し面食らったように瞠目し、ゆっくりと剣を引いた。
「待てといったのに。良い腕だな御仁」
「こそどろにしてはおぬしもなかなかだ」
 フェリドは苦笑した。一日に二度も馬を盗んだ濡れ衣で斬りかかられてはかなわない。道の端に下がっていた馬を宥めながら手綱を引き寄せた。
「こいつを主人のもとへ帰したい。貴殿はアルの旅の連れだろう? 俺も連れて行ってくれ」
「なに?」
「俺の馬をアルに持って行かれてしまってな」
「我が君はそのような下劣な真似はなさらぬ」
「ああ、まったくだ。一瞬でも疑って悪かったな」
 フェリドは少年の水面にも似た蒼い双眸を思い浮かべ頷いた。剣を合わせたときの清々しい昂揚や、凛と張った少年の振るまい。この国の民のための馬は買わないといった瑞々しい気迫は、やはり嘘ではないだろう。フェリドは胸のうちにあたたかなものを感じながら、男に向き直った。
「もう一度アルに会いたい。犬なら主人の匂いを辿らせるんだが、そうもいかなくてな」
 男は訝しげに剣を鞘に納めた。

作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ