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闘神は水影をたどる<完>

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「我が君をご存知か。いや、知ってはおるのだろうが」
「親しく存じ上げている仲じゃないさ」
「失礼仕った」
 男の大仰な言い様にフェリドは肩をすくめて見せた。
「吾輩はガレオンと申す。我が君の護衛を仰せつかっておる。しかし日中、馬が何者かに盗まれたのちはぐれてしまい、落ち合い場所にも我が君はおいでにならず、オベルの海軍警邏隊に力を貸し添えいただこうとこちらへ参った次第」
「貴殿のところに帰ったわけではないのか」
 ガレオンは沈痛な面持ちで頷く。しかし彼がそうまで懸念する理由がフェリドにはいまひとつ理解できず、頭を掻いた。
 アルは好奇心旺盛な年頃のはずである。ガレオンのような武人が護衛とはいえ、本人があの連結式三節棍の使い手では、お目付役に終始付き添われているようで詰まらぬだろう、ということを、フェリドにしては婉曲な表現で尋ねた。ガレオンはきっぱりと首を振った。
「我が君はご自分のお立場を理解しておられる。そのような稚拙な振る舞いはなさらぬ」
「稚拙ねえ。あの子は歩いてるだけで不逞の輩を引き寄せるような、高貴の出なのか」
「それはオベルの士官殿にお話しする」
「だから」
「なに」
「申し遅れた。俺はオベル王国海軍の海兵長なんてものも務めてる。フェリド・イーガンだ」
「なんと。まさか、王家の」
 ガレオンは、たとえば適当に追い払おうとした野良犬が実は狼だったことに気づいたように、ひどく狼狽した。フェリドは会って間もないこの男の、ごく稀な一面に遭遇したような気がして、面白そうにその様子を見つめた。
「重ね重ね失礼した」
「いいさ。俺も周りの進言におとなしく従った方が良さそうだ」
 フェリドはずぶ濡れになった着物を見下ろし、苦笑を浮かべた。
 決まり悪そうに姿勢を正したガレオンを促し、王邸の門を開く。ガレオンを先に通らせ、フェリドは一度振り返った。目の端に、森の上に赤い光が浮いているのが映ったように思えたのである。目をこらしても、海風を防ぐ黒々とした針葉樹林の森が広がるばかりだった。浮いているというのはおかしな見え方で、火事なら小さな炎ひとつが見えるというのは妙だし、山師の東屋などもあの辺りには記憶にない。フェリドは足を止めてしばらく暗い森を見据えていたが、やがて踵を返し王邸のなかへ入っていった。

作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ