闘神は水影をたどる<完>
ファレナの女王国
邸で待っていたのは、サルガンとリグドの険しい相貌だった。
ふたりとも、にこやかに上官を出迎える人間では決してないが、思わずフェリドが「果たして今日はかれらを同時に怒らせるようなきわどい真似をしただろうか」と、一日の反芻をしたほどである。 最初に口を開いたのはやはりサルガンだった。リグドは押し黙ったまま、しかし兄への反抗心以上の当惑を目に浮かべていた。
「フェリド殿、そちらは?」
感情を抑えた冷静な声音だったが、かえって珍客であるガレオンに対して歓迎の意がないことは隠れていなかった。フェリドが、彼が人を探していて警邏隊の協力を求めている旨を手短に伝えると、リグドが案内を買って出た。ガレオンは気分を害した様子もなく、むしろ突然飛び込んできてしまって申し訳ないと頭を下げた。
ふたりを見送り、サルガンは足早に歩き出した。周囲に聞かれたくない用件を話すときに彼女はいつもそうする。
「先日の海賊たち、覚えていますか。貴方が危ぶんでいた連中です。かれらの房に、同日密航で捕らえた男、イザクといいます、彼を忍び込ませました。この経緯は追って説明致します。丸四日四晩、今朝までイザクを仮拘留し、男たちの素性を探らせました。予想どおり、彼らは海賊ではありません。ですが、予想外な事実が浮上しました」
サルガンはそこで息を吐いた。厳しい横顔から察するに、勿体振ったのではなく、単純にそれまで呼吸をしていなかったのだろう。
「彼らはファレナの女王国の者です」
「ファレナ?」
前提されていたとはいえ、フェリドは予想だにしない国名に首を捻った。
ファレナの女王国はオベルをはるか北上した遠方の国である。
この世界を創世したとされる、二十七の真の紋章のひとつである太陽の紋章を所持した、その名のとおり女王が統治する強大な国家である。王位を継承するファレナス王家と、貴族からなる元老院との二院体制をとり、国政を執行している。近年は半鎖国体制にあり、群島諸国連合とも領海の境にあるニルバ島を介してのみの交易を結んでいる限りである。
そのファレナ人が、遠方はるばるオベルまでやってきて海賊を騙るのは一片の利益もない。むしろ無視できない摩擦を両国のあいだに生みかねないことである。
「間諜か?」
当然の疑問をフェリドは返した。サルガンは首を振る。
「どうやらそうでもない。イザクが奴らの話を漏れ聞いた限りでは、オベルにそのファレナ女王家の嫡子がお忍びで入国したらしい。そして奴らは、何者かの命でその嫡子を拉致せんと動向を窺っていたようなのです」
フェリドはまさに開いた口が塞がらず、止まりそうになった足を慌てて動かした。
「ファレナ人がなんで自国の王家の人間をわざわざオベルで誘拐するんだ」
「私に聞かないでもらいたい」
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ