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闘神は水影をたどる<完>

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 サルガンは苛々した様子で軍議の間の扉を開いた。誰もいない部屋の燭台に手早く火を灯していく。フェリドは腕を組んで、暗闇に徐々に浮かび上がるサルガンの白い背中に尋ねた。
「確かなのか。そのイザクという男、信用に足るのか」
「詳しく尋問したわけではありませんが、彼は恐らくナサ王家縁の亡命者です。祖国へのオベル艦隊での送迎を交換条件に出した。彼には命を保障するより手堅いはずです」
 フェリドは瞠目した。
 イザクがその条件を呑めば、密航の醜聞は諸外国に晒されることがなくなる。イザクは内乱の起こった祖国から、洋上会議盟主国であるオベルに一時亡命し、艦隊を引き連れて帰ることで名目を整えることができる。洋上会議の意思はもともと騒乱鎮圧にあるため、そこにナサ王家に縁のあるイザクが加わったところで、問題はない。
 ばらばらと音をたてて、雨が窓の嵌め硝子を叩いた。硝子に映る自分とサルガンの顔が奇妙に引きつっているのを見て、フェリドは頬を揉んだ。
「連中は目的を達成したのか」
「いえ」
 樫の扉が叩かれ、ふたりは揃って顔を上げた。抑えた調子でリグドが名乗り、サルガンが素早く扉を開いた。思い詰めた様子のガレオンを引き連れたリグドが、劣らぬ険しい表情を浮かべて部屋の中に入ってきた。
「何事?」
 やはり口火を切ったのはサルガンである。
 リグドは一度唇を湿らせ、フェリドとサルガンを見回した。
「ガレオン殿に話を聞きました。この方はファレナ女王国王家直属の女王騎士です。彼がこのオベルで警護していたのが、そして現在行方不明なのが」
 サルガンが天井を仰いだ。
「ファレナ女王家の嫡子です」
 リグドは何度も唇を湿らせ、結局沈黙した。彼もまた、オベルで異国の王族がその民に危害を加えられた場合の影響を判断しかねているのだ。
「ガレオン殿」
 フェリドの強い声に、その場の全員が鞭打たれたように背筋を伸ばした。フェリドはガレオンに鋭い視線を送る。蝋燭の頼りない反射を内側から裂くように、黒い眼に凄まじい光が燃えた。
「貴殿の留守中、アルになにかあったときに決めた合図などはないのか」
 飄々とした気安さばかりが目立つ男の、珍しいほど厳しい声音に、リグドとサルガンは一瞬目を奪われた。紛れもなく怒りである。何よりも、とふたりは混乱した。なぜフェリドがファレナ王家の嫡子を親しげに呼ぶ?
 しかし視線を通わせると、そのときにはお互いの目に映った自分の姿を見て、冷静さを取り戻している。

作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ