Necrophobia
祖母が無くなって何度目かの冬。
はるか上空は澄み切っているはずの、池袋の少し淀んだ冷たい空気を切り裂き、自動販売機が空を舞う。
白い息をランダムに吐きながら仰向けに倒れた『標的』に止めを刺さんと静雄はゆっくりと歩を進めた。
(今日はやけに手応えがなかったな…いや油断させる為か…?)
距離を縮めながら相手の出方を窺う。スキを見せれば途端に逆襲が始まるだろう。
はぁはぁと息を荒げる身体を跨ぐと、地面に放り出された両腕に乗り上げ、動けないように磔にした。
「池袋に来んなっつってんだろ臨也ぁ」
「ごほっ、ごほっ、はぁはぁ、シズ、ちゃん、今日、は勘弁してよ…」
笑ってはいるが、目に力が無い。いつもの臨也ならそろそろ足で反撃している頃だ。
自動販売機がヒットしたとて、ここまでぐったりなった臨也を見るのは初めてだった。
「あぁ?何だてめぇ…」
腕に乗ったままの両足にぐっと力を込め、相手の真意を探った。探ったところでその男から真実を引き出すのは不可能だったが。
「ごめ、んシズちゃん、また今度ゆっくり遊ぼう、よ、今日は、ごめん」
と、そのまま咳き込んでしまう。静雄は咳き込む臨也を上から見下ろしていたが、ゆっくりと両腕からアスファルトへと降りた。
臨也はすぐに身体を『く』の字に曲げて、火がついたように咳を続けた。
ごほっ、ごほっ、がっ、がはっ、ひゅーっ…ひゅー…ごほっ、ごほっ!
気管支が悲鳴を上げ、胸を掻き毟りただ咳を繰り返す臨也に、静雄は少し怯んだ。
一応警戒はしたままゆっくりと近付き、地面に投げ出されたナイフをビルの壁に向かって蹴り飛ばす。
「…おい、臨也、なんだよ、どうしたんだよ?」
「し、シズちゃ、ごほっ、ごほっ!」
とにかく喋る事もままならない様子で臨也が苦しそうに顔を歪める。そのくせ無理に笑おうとするから尚更痛々しかった。
「具合、悪ぃのか…?」
「ご覧の、ごほっ、通り、さ、ひゅっ、ごほっごほっ!」
あまりの咳の激しさと、よく見ると顔が赤くなっている臨也が別人のように見えて、静雄は上半身を起こしてやり背中を擦った。
静雄の珍しい行為に何か冷やかそうにも、咳で全く言葉にならない。
咳が止まるまで静雄は黙って臨也の背中を擦り、臨也もそれに甘んじる他なかった。
作品名:Necrophobia 作家名:あへんちゃん公爵