8月
歩いて数分、目的の光景が見えてきて、レイヴンは顔を顰めた。
道路が規制され歩行者天国となっているが、道の両側に立ち並ぶ屋台の数々と人の数でものすごい賑わいをみせていた。
普段の朝の交差点とあまり変わらない賑やか振りだった。レイヴンは此処にもう一回くることになるのか、とため息を吐きながらユーリを人どおりの少ない場所へと導いて、なんか食べる、と訊ねた。
「綿菓子とりんご飴」
即答で帰ってきた答えにレイヴンは眉を寄せた。
想像しただけで気分が悪くなりそうで、でもそれを買いに行くのは自分であるので、快く引き受けてちょっと待っていろとその場を離れた。
しかしリクエストが甘いものというのは少し意外だなと思いながら袋に詰まった綿菓子を買い、りんご飴の屋台を探して、レイヴンは歩みを止めた。
見たことのある子どもがその屋台の前にいた。
「リタっちじゃない」
「・・・なんでここにいるの」
「天才少女よ、俺様を見るといつもその反応だわね」
「なんでここにいるのよ!」
リタは今貰ったばかりのリンゴ飴を思いっきり噛んだ。
力を入れすぎたのか、がりっという音がしたが大丈夫なんだろうかとレイヴンはリタを見つめるが、リタはレイヴンが居るのがどうも気に入らないらしく、人の喧騒に負けないくらいに威嚇して吠えた。
「祭りよ? 来なくてどうするの」
「だからってなんで会うのよ!」
「さあ? きっとリタっちと俺との運命のあかい、」「黙れ」
もう一度りんご飴をがりっと噛んだリタにレイヴンは一歩下がり、苦しい笑みを浮かべた。
人を視線だけで殺せるなら、きっと今殺される、とレイヴンは思いその視線から逃れる。屋台前で繰り広げられていたことに売り子のオヤジは嫌な顔ひとつせずに、リンゴ飴をひとつ買ったレイヴンにいい笑顔を向けた。
リタはそのレイヴンが買ったものに首を傾げた。そして脇に抱えられた綿菓子にも。
「カロルが食べる・・ってわけじゃなさそうね。おっさんは甘いもの嫌いだし」
「あたぼーよ。こんなの食ったら溶けるわ」
「まだ仕事着のままだし。なに、彼女でもいたの」
「いや、おっさんもまさかこんな甘いものリクエストされるとは思ってもいなかっただけ」
「は?」
そんじゃあね、とレイヴンは色々詮索される前に人込みの波に乗って姿を消そうと歩き出し、最後に少しだけ振り返ると、リタと一緒に祭りを回っているのであろうピンク色の髪の女の子が見えた。
リタと一緒に回るなんて疲れるでしょうに、とひとり呟いて、早足でユーリの元に戻った。
時計を見るとちょうど30分ほど経とうとしていて、レイヴンは大人しく待っているはずのユーリを見つけるのに少し手間取った。場所は覚えていたけれど、どうやら暗いところはユーリという存在を覆い隠してしまうらしかった。
ようやく薄暗い景色の中、ユーリを見つけて綿菓子の袋とリンゴ飴を持たせ、駅に送るため、レイヴンはラピードがいない方の隣を歩く。
「青年、甘党なの?」
「さあ、どうだろうな。でも嫌いじゃない」
「へえ。おっさん甘いのダメだから買うのしんどかったわー」
「はいはいそれはごくろうさまでした」
「・・・もーちょっと心込めてよ・・・」
ユーリは満足したようにリンゴ飴をちまちまと舐め始めた。
それがあんまりにも幼い表情だったのでレイヴンは微笑ましくて気づかれないように小さく笑う。と、ラピードが横目でレイヴンを見上げたので、レイヴンは肩をすくめた。そのうちに人語を話し出しそうな犬だと思う。
人で溢れかえっていた駅の近くは少しだけ人が疎らになって居た。もう祭りに行って帰る人間までも出てきていたけれど、きっとこれくらいならユーリも無事に帰れるだろうとレイヴンは思い、改札口前で手を振った。
「気をつけて」
「ああ。ありがとな、レイヴン」
ユーリも手を振った。
ものすごく適当な振り方だったけれど、振られたことにレイヴンは嬉しくて、そして不意に名前を呼ばれたことに驚いた。
まだ右手にはリンゴ飴が握られていて食べるのに必死なようで、レイヴンはそんなユーリの背中を微笑んで見送ってから、カロルが待つ家へと足を向けた。