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8月

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11.手を引く白昼夢




目が開いた。視界は明るい闇。それ以外に何も見えなかった。
頭が酷く痛くてこめかみに手を当てるとぬるっとした感触が手のひらにした。眼を瞬くけれど、やはり見えない。指で触って確認するとやはり手のひらがなにかに濡れていて、眉を寄せる。頭を抑えながら周りを見回すけれどそれでも見えないので、いよいよおかしいと自分の両目を指先で辿った。
夢なのか疑ったが、それにしては痛みがリアルだった。
なにが起きたか忘れてしまったけれど、最後に見たのは眩しい光だった。それだけが鮮明に脳内に焼きついている。
その後に起こったこと。

(なにが、)

手を床に這わせるとざらざらしたり、布切れだったり、石ころなどが把握できた。
もうすこし距離を広げて確かめると、なにかに触れた。
人の髪のような手触りと皮膚のような感覚。恐ろしくなって手を慌てて引っ込め、何故何も見えないのか少し混乱した。怖くなってきて、呼吸がうまく出来ない。声を出そうとしたけれど、唇が震えてうまく音にならなかった。
明るいのに、何も見えない闇の中で小さくなって蹲る。
だれか、だれか、と心の中で唱え続けていると、かたん、という音を耳が拾って、顔を上げた。
小さな少し低いうめき声。怖くなって後ずさるけれど、何かに当たり、ごとん、と音がたってさらにそれに怯えた。
呼吸がうまく出来なくて苦しくて苦しくて、泣きそうになっていると、子供だ、という声がして突然明るい闇が、本当の闇に変わった。
突然のことに驚いて分けが分からなくて抵抗した。
暴れていると、やさしくやわらかく髪を何度も何度も撫でられて、大丈夫だ、大丈夫だから、という低い声が耳に届いて、暴れるのをやめた。
抵抗をやめてからもしばらくは大丈夫だと何度も言われ、髪をなでられ、そこで自分が抱きしめられていることに気がついた。
あたたかくやさしい抱擁。明るかった闇が暗くなったのは抱きしめられてるからか、と分かってそこでやっと気づいた。
眼が、見えないことに。

ずっと抱きしめられていて、ようやくその人間が抱擁をといた。
また訪れる明るい闇。
そして離れる温かみに驚いて手を伸ばすと、相手はちゃんとその大きな両手で自分の手をしっかりと握って、頭以外に痛いところはあるか、と聞いてきたので、とりあえずその声がするほうを見上げた。
やはり、何も見えなくてすこし絶望した。
これを夢だといってほしくて、繋がれた両手に力を込めて、自分に起きている異常を伝えた。

「目が、」

その人がどんな表情をしたか、分からなかった。






+++






目が開いた。
視界は明るい闇。それ以外に何も見えない。だいじょうぶ、これが日常。
ユーリは上半身を起こして、しばらくの間ぼうっとしてから、ふいに頭のこめかみに触れた。
指先で手のひらを確かめると乾いた感触。だいじょうぶ、何もない。
またしばらくぼうっとしてから、ラピードが居るであろう方向へと首を動かして、おはようラピード、と言うと、控えめに返事が返ってきて、そうしてぱたん、と尻尾がフローリングに叩き降ろされた音がした。ラピードなりの挨拶のひとつ。だいじょうぶ、いつもどおり。
夢を見た。
そう自分が呟いたような気がした。
確かにあれは夢だろう、とユーリは思う。だけどその鮮明すぎる内容に頭痛がして思わず眼を閉じた。痛みをやり過ごす方法。知らない振りをする、方法を。
明るい闇がまだ瞼の裏にうつる。
夢の中で聞いたあの声と、誰かの声が重なって聞こえた。
手を握られたあの温度。やけに冷たい手のひら。それでもあたたかな大きさだった。
ユーリは夢を辿るように、自分の手のひらを合わせ、すこしだけ深呼吸を繰り返した。

それはすこし、祈りに似ている気がしたけれど、祈りなど今更過ぎると、自嘲した。



作品名:8月 作家名:水乃