8月
01.15日だけ会えるひと
夕方の駅のホームは平日なら混雑しているというのに休日はそうでもない。
毎日こんな閑散としていれば疲れも割り増しにはならないのに、とレイヴンは仕事の疲れで凝った肩をくるくると回した。
首も左右に伸ばすように傾けて、ぐぐっと伸びをする。周りから見れば急に運動を始めたおっさんにしか見えないだろう。まぁ妥当な感想だなと自分で冷静に思った後、およ、と向かいのホームに現れた人間に声を漏らした。
いつもこの時間の15日。平日休日祝日に限らず15日はかならず(そのほかの日もあるけれど、それはまた別の話)あの黒く長い髪の青年をレイヴンは目にする。
見た目は整った顔で、美人とまではいかないかもしれないが眼が若干大きいせいか、中性的で童顔な青年だった。
眼を引いた決定打は、傍に寄り添うように居る犬、だろう。
人は不思議なことに“ふつう”や“おなじ”ではないことに奇異の視線を向ける。みんながみんな同じであることなんて無理であるのに、標準的なルールなどから外れるものに対して、好奇心や軽蔑の視線、言葉や行動をもって嫌悪などを表す。それは今も昔も変わらない。
ただ世界がそういう人たちに対しての対応がすこしずつやさしいものになってきていることも現実である。ただ今、レイヴンの目に映るのは初めてレイヴンが彼を見たときと同じような視線を向けているような人間がちらほらいる、ということだった。
視覚障害なんだろうか、とレイヴンは思う。あの犬は盲導犬だとして、しかし見たままでいうと彼がそうであるようにはまったく見えないほど目はしっかりと開いているし、足取りも危ういものを感じさせない。
しかもよく見れば見るほどにどこかで見たことがあるな、とレイヴンは一人ごちる。
でも自分にあんな知り合いはいなかったはずと顎に手を当てて考えていると、電車が来るというアナウンスが流れ、もうそんな時間かと腕にはめた時計を見た。
鞄に押し込んできた終わらなかった仕事の書類を家に帰ってから広げなければならないことにうんざりしながら、緩やかなスピードを出しながら迫ってきた電車を見る。
そして、向かいのホームにいる青年に見えるはずもないのに手を振った。一方的に顔見知っているっていうのもかなしいけど、と思っていると青年の隣にいる犬がこちらに向かって一声吠えた。
電車の迫る音に混じって聞こえたので聞き間違いかと思ったが、そうではなかったらしい。隣にいる青年がすこし狼狽していた。
レイヴンは反応されたことに驚き、目の前で停車した電車の扉が開いて慌てて乗り込み、向こうのホーム側の扉の窓に張り付くようにして青年と犬を見た。
もし自分が手を振ったことであの犬が反応したというなら青年にとったら混乱しか招かないことになる。それで事故など遭ってはレイヴンとしては大変目覚めの悪い話なので、通じるはずもないのにレイヴンは犬に「黙って挨拶を返してくれ」という意思表示で人差し指を唇に当てた。
それが通じたのか今まで電車を待っているときは微動だにしなかった犬の尻尾が三回ぱたん、と振られた。
あまりにも意思を持った動きだったので通じたのだろうか、と思いながら、電車が動き出す。
レイヴンはただ、青年と犬の姿が見えなくなるまで窓に張り付くようにして見ていた。