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8月

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昼前になるとチャイムが響き渡ったのでカロルは元気よくインターフォンをとる。知った顔が画面に映し出されるのを見ると、ばたばたと玄関の扉を小さな身長ながら背伸びをして開けた。

「おかえりジュディス!」
「ただいま、カロル」

元気なカロルの笑顔に出迎えられたジュディスはやわらかく微笑んだ。
前髪の青い髪がさらりと流れ、後ろでひとまとめにした髪飾りがしゃらん、と音を立てる。カロルの後ろのからリタが顔を出し、腕を組んでにっと笑った後、おかえり、とぶっきらぼうに告げられて、ジュディスはもう一度言う。

「ただいま」

カロルに手を引かれるままリビングに足を踏み入れるとハリーに迎えられて、他愛もない挨拶を交わす。
相変わらず広い部屋ね、と言うとハリーは困ったように笑い、肩をすくめた。
ドンはいつも通りだよ、という言葉に、ほんとうに相変わらずみたいね、と少しだけハリーの苦労に同情した。家を出て心底自分は自由だなとジュディスはひっそりと思った。
部屋を見渡して、キッチンで眼を止めた。見たことのあるような、でも見慣れない背中を見つけてジュディスは首を少し傾げた。手を繋いでいたカロルがレイヴン、と呼んだので小さくその名前を復唱する。
振り返ったレイヴンが、ジュディスの顔をみて一瞬驚いたような顔をしたけれど、それもすぐにやさしい微笑みに変わった。

「大きくなったなぁ、ジュディスちゃん。お久しぶり、俺のこと分かる?」

テーブルに運ばれてくる紅茶と色鮮やかな装飾のカップ、手作りのクッキーが並べられて、ジュディスはレイヴンを懐かしそうに眼を細めて、口元を緩めた。

「ええ。久しぶり、ね。オジサマ」

少し老けたんじゃないか、とは言わなかった。
レイヴンはジュディスが父親を亡くした時にお世話になり、そしてこの遠い親戚たちとを繋げてくれた人だった。
ジュディスの父親とも関わりがあったらしく、独りになりかけたときに色々ジュディスに尽くしてくれた人でもあった。それを知らなかったカロル達に話すと大変驚かれて、心底心外だとレイヴンは不機嫌に小さく零した。
カロル達のこの様子を見ると、レイヴンが今、ジュディスが時折手伝いに行っている孤児施設に顔を出していることも知らないのだろうな、と思い、だけどそれは話さなかった。

「ほんとお前らおっさんのことなんだと思ってるのよ」
「うさんくさいおっさん」「うん」
「ちょっ。リタっちもカロル少年もそれはひどいわー。こんなに世のために尽くしてるのに・・・」

ひとり落ち込むレイヴンにリタとカロルが声を揃えてうさんくさい、と言うのに更に落ち込んだ。
追い討ちが上手ね、とジュディスが褒めると、レイヴンが本気で泣きそうになったのでハリーが少しフォローした。
苦労人気質はきっとそういう星のもとに生まれたからねとジュディスはハリーをみて思ったが、一瞬あの黒髪の彼とかぶって見えて、少し長く一緒に居すぎなのかも、と自分に苦笑する。

「で、最近どうしてるの? ヘルパー、続いてる?」

リタが自分で作ったクッキーを口に入れてから、ジュディスに話を振った。
それにジュディスは肯定の意味を込めて頷いて、レモンティーを飲んだ。ちょっと甘さが足りなかったので砂糖を足してかき混ぜ、また飲む。

「ヘルパーって主に何するの?」
「生活介助、ね。できないところを援助する、というところかしら」
「へぇ」

カロルが興味津々に聞いてくるのでジュディスは丁寧にゆっくりと答える。
これリタと一緒に作ったんだ、と言ったカロルが指した指の先に型がきれいにとられた星、ハートなどのチョコレートが転がっていた。
ありがとう、と言って口に入れると甘すぎず苦すぎず、ちょうどいいくらいの甘さで、ほんわりとそれが口の中に広がった。

「老人介護?」
「いいえ、視覚と身体のほうよ」
「・・・へぇ、視覚、ね」

今まで黙っていたレイヴンが興味を示したように口を開いた。
ちなみにリタとカロルのクッキーやチョコレートにはいっさい手をつけずに自分で作った抹茶のシフォンケーキを頬張っていた。
本人曰く、甘さを極限に抑えたとのことで食べてみたが、本当に限りなく甘さが控えめだった。
自分用に作ったとしか思えないほど控えめで、これは多分クッキーとチョコレートの保険だとジュディスはひそかに思考した。

「視覚って、目の不自由な人?」
「ええ」
「へえ・・・、目が見ない、かぁ」

カロルは眼が見えないと呟きながら深刻そうな表情になっていくのに、ジュディスたちは“自分がそうなったら“というのを想像しているんだなというのが易々と想像できた。
カロルが顔真っ青になって「ボク無理、かも」と言うのにリタが呆れたようにため息をついた。

「だったら五体満足をもっと喜びなさいよ」

ジュディスはレモンティーを咽に通した後、あのユーリの眼が見えてないことに関してまったく何も感じてないような真っ直ぐなところを思い出して、小さく微笑む。

「当事者のひとたちはありのままを受け入れて、暮らしてるわ。…葛藤は、あるのかもしれないけれど」
「そうだろうねぇ」
「生きるのに必死なのは私たちも変わらないんだもの。違いなんて些細なことすぎて、気づかないくらいよ」

楽しそうに笑うジュディスにハリーは元気そうで良かった、と安心したように笑った。
リタも無言だったけれど同じようにそう思ったらしく、ミルクティーを飲みながら肩をすくめた。
カロルは後で宿題見てとお願いするのに、ジュディスは快く引き受けた。
その楽しそうな光景を眺めながら、レイヴンは残り少なくなったシフォンケーキをゆっくりと口に運んで食べた。


作品名:8月 作家名:水乃