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思考するしかばね

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その日も雨が降っていた。風に吹かれることなく垂直にぼたぼたと落ちる大粒の雨の中、佇むふたつの影。
音無さんと、立華奏。
(何を、している・・・?)
二人は何か話しているようだった。僕の立つ位置からは内容を聞き取ることまでは叶わない。
二言三言交わした後、僅かにうつむいていた立華奏がふと顔を上げた。
(笑って、いる・・・)
浮世離れした容姿も相俟って、まさにそれは。天使の。
立華奏の雨に濡れた袖が持ち上げられ、白い指先が音無さんの頬にそっと触れた。音無さんは拒むことなく微笑んで、自らも持ち上げた手で濡れた立華奏の頭をゆるりと撫でた。
今まで続けてきた監視の中で二人がこんなに近づいていたことはない。こんなに親しそうだったことも、ない。そう思った瞬間僕の肌を粟立たせたのはなんと言う感情だったろうか。
知らず身を抱きしめた僕をよそに、二人のやり取りは続いているようだった。
立華奏が音無さんの袖を掴み、また一言、何か言った。
掴まれた袖と言われた言葉は催促のそれだったのだろうか。ゆるりと、音無さんは腕を動かし、立華奏の小さな身体を抱きしめた。
「・・・っ」
目を逸らしたいのにできなかった。握り締めた制服がぎちりと悲鳴を上げたが気にせず、逸らせないならばと憎しみすらこめる勢いで立華奏を睨んだ。
数分も経っていないだろう。しかし僕にしてみれば長い二人の沈黙ののち、不意に音無さんに抱きしめられた立華奏の瞳が、こちらを向いた。
「!」
「・・・        」
その口が僕に向かってはくりはくりと音にならない言葉を形作る。
読唇術の心得などないはずなのに、僕はその口がなんと言っているかを理解してしまった。
(・・・?どうして僕にそんなことを、)
ゆらりと、僕の中に何かが湧き上がったが、それと疑問をぶつける暇など与えないまま。
次の瞬間、立華奏はこの世界から姿を消していた。



天使が、立華奏が世界から消えた。その事実に動揺し、思わず一歩後ろに後ずさった身体とはうらはらに、頭はすぐさま冷静に情報の処理をはじめた。もはやこの状況分析は癖のようなものになっていた。なにせ僕は戦線のリーダーよりここにいる年数は長い。
それはともかく、この場所で過ごした長い年月で培った情報と積み上げた経験を用いて僕の頭がこの事態について考え弾き出した結論は、最悪としか言いようがないものだった。


この世界には「天使」という存在は必須である。なぜか。それはわからない。
けれどそういう存在が、僕がこの世界に投げ出されるずっと前からあったという事実。
それから「天使」も僕たちと同じように死なないようにできているということが、それを示している。
しかし今、その「天使」であった立華奏が消えた。それは立華奏もNPCでなく「立華奏」という未練を心に残した人間だったということだ。
立華奏が人間だったということはつまり、人間が「天使」という存在になることは可能だということ。

世界に「天使」は必要なのに、「天使」の立華奏が消えた。
それはつまり世界は「天使」が必要だが、しかしそれは立華奏でなくとも良いと、そういうことだ。

では次の「天使」は誰だ、考えるまでもなかった。
「天使」。その器の基準が何かはわからないが、それに値する音無さんが現れた。だから立華奏が満足して消えることを許した?誰が?世界が?前の「天使」立華奏が?
そこはどうだってよかった。結論を出したあと、僕の頭に浮かんだのはこれだけだ。
ふざけるな。
心に灯った熱に浮かされるまま、僕は雨に濡れるのもいとわず一人残された音無さんの下へ走った。
ばしゃばしゃと泥水を蹴る音に反応して、音無さんが振り向く。
「音無さん・・・!」
いろいろ言いたいことがあるはずなのに、咄嗟に名前を呼ぶしかできなかった自分の臆病さに歯噛みする。
「直井、」
「っ立華、奏は、」
「見てたのか?」
「・・・はい」
「、笑ってた」
「・・・っはい」


「・・・よかった」


音無さんのその言葉を聞いた瞬間、さっきまでつっかえながらしか発せなかった言葉が堰を切ったようにあふれ出した。音無さんの襟を掴んで揺さぶることにも、躊躇いすら感じなかった。
「よかっただって!?ッそれで!?それで貴方が『天使』になるのか!?立華奏という人間が!満足して、成仏して、それでその代わりに今度は貴方が・・・ッ!」
自分で発した言葉の内容に自分で傷ついていれば世話はない。言葉を詰まらせた僕に(はたまたさっきの僕の言葉にか)、音無さんは驚いたように目を見開いた後、少し自嘲気味に笑った。
(ああ、ああ、僕は貴方のどんな顔も好きだと思ってたけど、その顔は、)
「そうだよ」
瞬間、表情を泣き出しそうにゆがめた僕に、音無さんは更に言葉を重ねてきた。
「大丈夫、俺は奏みたいに不器用じゃないから、うまくやるよ」
ぽん、と。音無さんはさっき立華奏にそうしていたように、僕の頭を優しく撫でた。
(だけど、ちがう)
「そうじゃない・・・そうじゃなくて・・・!僕は、あなた、が・・・!」
いつの間にか音無さんの襟を掴んでいた手は縋るように胸を弱く叩き、ぶつける激しさで投げつけていた言葉は勢いを失くし、強く睨みつけていた視線は地面に落ちていた。
とうとう身体から力が抜ける。ぶらりと下ろした腕が異様に重く感じた。
「・・・すみません。少し、頭を冷やして帰ります・・・」
「・・・ごめんな。風邪、ひくなよ」
(この世界では誰も病まない。わかっているはずなのにそういうことを言ってしまう貴方が)
ひとりになった僕の頬を、雨とは違う何かが伝った。



作品名:思考するしかばね 作家名:りんこ