神に誓って愛します
話を振るとどもりながらも三橋君は頷いてくれた。こちらを真っ直ぐと見つめる泉の視線に気づいてそちらを向くと、その大きな瞳は私から視線をはずしゆらゆらと宙を彷徨う。チクリ、と痛む心は蓋をしてるからきっと気のせいだ。
「泉も楽しかった?」
出来る限りの柔らかい笑みを浮かべ問いかけると、少し目を見張った泉はどこか少しほっとしたような表情でおお、と相槌を打つ。その様子に私は目を細めるも、直ちに笑みを浮かべなおすと「そうだ、キャンディあげる!」と言って皆に一粒づつ飴を配った。 普通よりもややでかめのそれはビニールを開けて口の中へ放り込むとほっぺたがぽこっと膨らんで。五人の頬が一様に片方の頬を膨らませている様子に肩を揺らして笑う。
くだらないことで面白がって笑う。これがいいんだって思いながら、私はまるで恋人になる前に戻ったように泉と接した。泉の態度は変わらないし、きっと私の態度も恋人の時と仲のいい友達のときとあまり変わらないのだろう。
これでうまくいくのなら、そう思いチクリと痛む心に蓋をする。時折思い出したかのように痛むその切ない気持ちを、そっと奥へと追いやって、注意深く厳重に蓋を閉めた。
あれから、すごく楽になった。楽になったというと語弊があるかもしれないが、あの時公園で思い悩んでいた時よりはずっと泉と普通に接することができているように思う。何気ない事に笑って、何気ないことにふざけて、多くを望まなければいいことなんだという事を気づくのが遅かったようだ。一度、浜田君がもう大丈夫?って聞いてきたことがあるが、私は笑顔で頷き大丈夫と応え浜田君もそれ以来何も言ってこない。
おおむね、うまくいっている。
たとえ、言葉をもらえなくとも。たとえ、二人で出かけることはなくとも。
たまたま教室でまどろんでいた昼の休み時間。食べた後はすぐさま眠りに着くことが多い野球部の面子は私のところにやってきた。なんだなんだと思っていたら来週の日曜日の予定を聞かれ、ああ、と納得がいく。来週の日曜日は29日、泉の誕生日だ。いきなりどうしたの?と逆に訊ねると、田島君が元気に応えてくれる。
「野球部の面子とかそろってお祝いやろうって話になってさ!」
「あれ?練習は?」
疑問に思った事を問うと今度は泉があるぜ、と短く答え、私は来週の予定に関して考え込んだ。きっとお誘いの意味合いも兼ねて話を振ってくれているのだろうが、正直なところ居たたまれない気がする。いや、きっと行けば楽しいんだろうけども、それでもと心が渋った。
しっかりと蓋を閉めたというのに、何故かチクリと心が痛む。無意識に泉を見ると少しばつのわるそうな表情で、私は小さく、ほんの小さく笑うともし誘ってくれてるのなら今回は遠慮するよ、と言った。えー!なんでっ?という田島君や浜田君、三橋君に向かっておどけたように肩を竦めて見せると、はずせない用事があるから仕方ないんですって言い訳を伝える。彼氏の誕生日に用事かよーなんてぼやく田島君に、ああ、そうなるんだよねと思って泉へと視線を向けた。泉は、いつもと変わらない表情をしていて。用事ならしゃーねーだろ、なんてカッコいい事いってる。気にすんなよなんて珍しく優しい言葉に、私はちょっと笑ってしまった。
「泉、熱あるんじゃない?」
「はぁ?」
堪えても堪えても溢れてくる笑いをどうにかこうにか体を曲げて耐えると、肩を震わせながらも泉へ問いを投げかける。案の定、少しイラッとした表情で吐き出された言葉に、私は慌ててゴメンゴメンと詫びを入れる。月曜日にプレゼント渡すねと言った私に泉はおーと応えて、そこで教室の入り口から泉達の名前を呼ぶ声が聞こえ四人は連れ立って面会に赴いた。
私はやはり溢れてくる笑いを机に突っ伏しながら堪え肩を震わしていて、面会が終了し自分の席に戻る泉が私の横を通る時、いつまで笑ってんだなんて突っ込みが入る。
だって、とまらないよ。
私、嘘をついたのに。
きっと、泉もわかってるのに。
不意に目じりの端に熱いものがこみ上げてきて、私は両腕で頭を覆い隠した。
やがて授業が始まると、どうにかこうにか取り戻した落ち着きで顔を上げる。ありがたいことに泉は私よりも後ろの席で、泉が視界にはいる事はなかった。奥へ奥へと追いやった感情を入れる容器は、もしかしたら容量という単位があって。厳重に締めた蓋の隙間からじわじわと零れ落ちているような、そんな気がした。それでも私は、私の中の出来る限りの平常心を使って現状を乗り切り、放課後になって泉達が教室から出ていくのを見送ると、ようやく詰めていた息を吐き出す。
いつまで続くんだろう。
いつまで続ければいいんだろう。
友人が私の背中を軽く叩く。それに応えるように笑ってバイバイと挨拶をし、彼女に倣う様に立ち上がって鞄を抱え教室を後にする。帰り際の賑やかな廊下に、一人浮いているような感覚の私はどうすればいいのか。鬱々と悩むのは性に合わないはずなのに、ずっと自問自答する。下駄箱を通り過ぎ、第二グラウンドへと向かう道筋をみやり立ち止まった。
きっと今日も泉は楽しそうに野球をやるのだろう。私はその考えにふっと笑みを漏らすと、校門へと向かい歩き出す。
真っ直ぐ、家に帰るために。
家での私は学校のようにうまく自分を作る事はできず、母親が少し心配そうに声を掛けてくれる。こんな事に親にまで心配を掛けるなんてなんだかとっても申し訳ないなんて思うも、気を張るのもなかなか難しかった。なので少しだけ素直に「ちょっと悩んでることがあるんだけど、自分で答えを出したいから心配かけるけど放っておいてね」なんて言って笑ってみせる。「わかったわ、でもどうしても行き詰ったら相談する事」で済ましてくれる私の母親は、きっとすごく理解のある親なんだと思う。
夕食を食べ自室へ向かうと真っ直ぐにベットへ向かい倒れこんだ。仰向けに寝転がり瞼を閉じる。
明日学校に行くと明後日は休みだ。
そう思ってから、泉に会わなくていい日を数えた自分に涙がこぼれそうになる。
「好きなんだけどな」
ぽつりと漏らした声は私の部屋を彷徨い、行き場をなくしてそのまま消えた。
それからなんとかうわべを取り繕って、数日を乗り越えた。いつものように学校へ向かい、いつものように友達と笑う。そして少しだけ泉と話して放課後真っ直ぐ家に帰る、これのくりかえし。日を追うごとにチクリとする痛みが胸をさいなみ、取り繕ったうわべが不安定にゆれる。泉の誕生日が明後日という頃には学校にいる一日の半分以上を机にべったりと張り付いて、まるでなまけものみたいだなんて笑われた。「風邪引いたみたいで調子悪いんだよね」なんていってみれば、眉を寄せた泉が私の額へと手を伸ばして、思わず震えそうになる体を目を瞑ってぎゅっと耐える。
なんでこんなタイミングで優しさがでるんだろうか。いや、前からだったか。
恋人の時と仲のいい友達の時は本当にあいまいで思い出せない。
私の後頭部にパシッとした痛みが走り、きつく瞑った目をおそるおそる開けると泉が呆れたような顔でこちらを見ていた。
ごめんね、色んな嘘ついてごめんね。