神に誓って愛します
返信ボタンを押してタイトルのところに「ゴメン」と文字を打つと、内容のところへもうよくなった事と明日学校へ行くことを書き込む。先日の泉の誕生日の文字とは違い、打ち終わるのにそれほど時間はかからなかった。その後に、今までの自分の気持ち等を打ち込んでいく。長くなった文章は文字数制限に引っかかってしまった。読み返すとすごく言い訳じみたことばかりが綴られていて、これはダメだと最初に書いた学校へ行くというところまでを残して全部消す。躊躇い始めるとこの前みたいに送れなくなると思ったので勢いで送信ボタンを押すと、携帯を閉じて立ち上がった。この間ほどではないけれど、それでもすごく緊張していたようで喉が渇いたのだ。台所へ行って水でも飲もうかと思ったが、ずっと家に篭っていたので外の自販機にでも気晴らしにジュースを買いに行こうと思い直す。もう夜も更けて肌寒いのでパジャマの上に厚手のカーディガンを羽織り、その上からコートを着こんでマフラーをする。携帯と財布をコートのポケットに突っ込むと、足音を忍ばせ階段を降り家を出た。
夜も遅いせいか辺りは静かで、街灯の明かりを頼りに自分の立てる足音を聞きながら道を進む。家を出てすぐ曲がったところに自販機はあるけれど、久しぶりの外の空気をもっと吸っていたいのもあって近くの公園へと足を向けた。公園の入り口は薄暗いものの中は街灯の強い光で程ほどに明るい。中へと踏み込むと辺りを見渡して自販機を見つけそちらに近づいていこうとした矢先に携帯がぶるりと震えた。取り出してみると泉からメールが届いており、やはり少し躊躇ったがメールを開封してみる。
電話していい?
その並んだ文字に息を呑んだ。どうしよう、逡巡するも先程メールを送ったときに浮かんだこのままじゃ何もならないという気持ちに背中を押されて、いいよと返信する。するとすぐさま携帯が震え電話の着信を知らせた。泉、早いよ!慌てて通話ボタンを押し耳に当てると、数日振りの泉の声が聞こえてきた。
『よお』
「ん、ばんは」
どうにかこうにか挨拶を返す。とりあえずどこかに座りたい、そう思い視線をさまよわせると自販機の奥にベンチがあったので、電話をしつつ当初の目的であるジュースを買いに自販機へと向かった。
『寝てた?』
「大丈夫。そっちこそ部活とかで疲れてるんじゃないの?」
『夏の頃よか全然へーきだぜ』
「確かに、すごく遅くまでやってたもんねえ」
思ったよりも今までどおり、スムーズに会話ができてすこしほっとする。笑いながら自販機の前まで来ると、携帯を持つ手とは逆の空いた手でポケットをまさぐり財布を取り出した。携帯を肩で挟んで硬貨を取り出すと、チャリンチャリンと自販機へ投入する。
『まだちょっと鼻声だな、熱は下がったっつってたけど辛そうなら言えよ?』
「ん?ん、もう全然平気なんだよー。でも、流石に明日も休めないからしんどくなったら言うね」
『おー、それでよろしく』
並んだジュースの中からスポーツ飲料水を選びボタンを押した。ガシャンと大きな音を立ててペットボトルが落ちてくる。ちょっと屈んで取り出し口から引っこ抜くと、その音が聞こえたのか泉のどこか不審そうな質問が投げかけられた。
『自販機?』
「あ、煩かった?ゴメン」
『外にいんの?』
「ん、ちょっと久しぶりに外の空気吸いに」
そこまで言うと泉からため息が一つ漏れる。まあ、確かに高熱を出して休んでいることになっている私が、熱が下がったのをいいことに外出しているという事だから呆れられても仕方がない。そう考えつつも私は近くのベンチへと向かって腰を下ろすとペットボトルの蓋を開けた。
『とっとと家帰れ、また熱あがんだろ』
「大丈夫だって」
『休む前もそんな事言ってたよな?』
「あれ?そうだっけ」
『そーだよ。つかちゃんと暖かいカッコしてんだろうな』
くぴ、とペットボトルを傾けて喉を潤してからうん、と頷く。視線を自分のコートへと落としてから自分の厚着の様子を伝えると、もう一度泉の口からため息が漏れた。
『まだ帰る気ねえの?』
「ん、もーちょいだけここに居ようかなって」
『どこにいんの?』
「家の近くの公園。徒歩五分だから安心していいよー」
ベンチの背もたれにゆったりともたれ掛かりながらそういうと、本日三回目のため息が泉の口から漏れる。心配してくれてるんだろうなとはわかるんだけど、この新鮮な空気とうっすらと見える空の星にもうすこしだけ浸っていたい。覆っていた霧が少し晴れた気がするから。
『どこが安心できる点なのか是非とも教えてほしいトコだぜ』
「いざとなればダッシュで家に逃げればいいってところが安心点だと思うんだけどなー」
『遠野はどんくせえからな』
「どんくさい言うな」
軽口に軽口で切り返すと泉が声を立てて笑った。つられるように私も声を立てて笑うと、ガチャンという音が聞こえてきて首を傾げる。自販機の音ではない。何かがぶつかる音だけども、やや高くまるで金属同士がぶつかるような音だった。
「大丈夫?」
『何が?』
「なんか、ガチャンって音したから」
『おお、ちょっと勢い余って物ぶつけた』
「泉はどんくさいからなー」
『うぜえ』
まぜっかえす様にどんくさいを切り返すと、すごくげんなりとしたようなそんな声でお決まりの言葉が返ってくる。声を立てて笑ってると名前を呼ばれたのでごめんごめんと謝った。明日会う前にこうやって電話できたのはよかったと思う。きっと明日、電話もなしに直接会ってたらこんな風にフツーっぽく話できなかった。ペットボトルへと口をつけるとくぴっと音を立てて喉を潤す。何を飲んでいるのかという話題に少し盛り上がってから、泉が電話をかけてきた用件を聞いていないことに気づいた。
「そういえば泉、どうしたの?」
『何が?』
「用件聞いてなかったと思ってさ」
『あー』
どこか曖昧な、答えを言い渋るような相槌の後に沈黙が訪れる。落ち着いてた鼓動がだんだんと早くなり背中に冷や汗が流れ乾いた唇を舐めた。もしかして、別れようと切り出されるのだろうか。よくよく考えて見れば、未だ泉の誕生日の祝いすらしていない。どうしよう、このタイミングでお祝いを言うのもおかしいし、ここで違う話を切り出すのもおかしいような気がする。そう思い、じりじりと泉が発する言葉を待った。
『3分程待って』
「へ?」
想像していた最悪の言葉じゃなかったが、予想を超えた言葉だったのですごく間抜けな声を晒してしまう。その声がうけたのかはわからないが泉は少し笑った後、かけ直すからといって電話を切った。なんだろう?何か急に用事ができたのかな?でも3分だし、トイレ?そうやって考えて見るも悪い方向へと考えが向いてしまうのも完全には防げなくて。ああ、どうしよう。電源落としておきたい。でもそれじゃ今までと変わりがないってわかってるからできないし、中途半端な3分がとても恨めしかった。
再び電話がかかってきたのは、ベンチから立ち上がって自販機の前をぐるぐる歩き回っている時だった。少しくぐもった声に訝しげながらも応じると、泉は深く細く息を吐き出す。