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合わせ鏡の三日月

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 これにはさすがに驚いてイギリスもぴたりと涙を止めた。そして呆けたような表情でぼうぜんとハワードを見つめ、ぎゅうと眉を寄せる。いつかのように怒鳴られるかと思ったが、イギリスはすぐに「ふはっ」と唇から空気を吹き出して困ったように笑った。
「おまえほんと、スパイやめろ」
「えへへ」
 笑ってくれた。そのことに、ハワードはひどく安堵する。
 返ってきたのはあのときとおなじ言葉だが、音の中に険はない。むしろとてもやわらかい響きでハワードの耳にとどき、ついつい笑ってしまった。それにつられるようにイギリスもくすくすとくすぐったそうに笑って、右手でごしごしと目元をこする。
「恥ずかしいとこばっかり見られるなあ、おまえには」
「いいんですよお」
 ハワードが肩をすくめて笑うと、イギリスもやはりおなじように笑ってくれる。そしてすこしだけ身体を左に寄せ、自分の右隣をぽんぽんと手でたたいた。
「急いでるか?」
「いえいえ、仕事も休養中ですからあ」
「えっ」
 隣に座り込んだハワードを見て、イギリスは表情を曇らせた。
「休養って、どこかけがでもしたのか?」
「ああー、違います。次の任務までのおやすみってやつですよ」
 そうなのか、と子どもみたいな口調でつぶやいてイギリスはぱちりとまばたきをした。その衝撃で、目じりに溜まっていた涙がぽろりと落ちた。
 イギリスはそれで泣いていたことを思い出したのか、バツが悪そうな顔をしてごしごしと目元をこする。これは見ないふりをしたほうがいいのだろうとハワードは彼から視線を外して、いま自分が着た道を意味もなく見つめた。
 しばらくするとようやく落ち着いたのか、イギリスがぽつりとつぶやく。
「……元気そうだな」
 その声につられてイギリスへと視線を向けると、彼もじっとこちらを見ていた。目元は赤く腫れてしまっているが表情は格段に明るくなっている。
「はい、元気ですよ」
「そか。……仕事、中休みなのか?」
「そうなんですよお。急に呼び戻されちゃって」
「イタリアから引き出せそうな情報、そろそろないだろうしな。次はドイツか……、アメリカあたりかな」
「どうなんでしょうねー。まあ僕は言われた場所に行くだけですから」
「……そっか」
 変な沈黙をはさんでイギリスはそう答え、なぜか黙りこんでしまう。ちらりと横目で確認すると、なにが悪かったのか彼は重い空気を背後に背負ってうつむいていた。
 なんて難しい人なんだ。頭の中だけで嘆くように呟いて、後頭部をがしがしと掻く。
 子どもっぽい見た目に反して言動は十分大人のそれで。だから大人の言動で返せばなぜか落ち込んでしまう。気が強いのかと思っていればこんな人も来ないようなところで子どもみたいに泣いている。どれもこれもハワードには予測できない動きで、言葉さえも見失ってしまう。
 面倒だと、そう思う。スパイなんて仕事をしてきた手前、人間関係にはドライなつもりだった。だからいつもならここで適当な用事を作ってさっさといなくなっていただろう。面倒事はごめんだ。笑顔にも自信がある。だからこそ、家族以上に大切なモノは作らない。
 仕事のことも含めそれが一番だと思ってきた。だからそうやって生きてきた。なのにいまハワードは、たったひとりの人が隣で泣いているだけで、どうしようもない気持ちになる。
 愛する祖国だからだろうか。愛している、という確固たる気持ちが、そのままこの人に向かってしまうのかもしれない。
 彼という個人へ向かっている気持ちなのか、国というおおきな母体越しに彼を見ているうえでの感情なのかはわからないが、とにかく幸せになってほしいと思う思いは本物だ。
 頭の中を整理して、後頭部を押さえていた手を下ろす。そして空気を入れ替えるようにパンと打ち鳴らした。
「イギリスさん! こんなところにいるから気分も落ち込むんですよ! 外行きましょう、外!」
「へ?」
「ここらへんはまだ町並みもきれいですし、歩いてるだけでも気分転換になりますよ!」
 ほらほら、とハワードが立ちあがって急かすと、つられるようにしてイギリスも立ち上がった。けれどまだ状況が把握できていないのか、眼がうろうろと泳いでいる。この状態ならば連れだすのも簡単だとハワードはイギリスの右腕をつかみ、行きましょうと一声かけて歩き出した。
 三歩ほどまでは大人しくついてきたイギリスも、四歩目ですこし足の動きが衰え、五歩目でついに立ち止まってしまう。やはり嫌がるかと後ろを振り返れば、イギリスは困惑気に瞳を揺らしながらも慌ててくちを開いた。
「行くのはかまわないんだ。けど、その前に帰るって上司に言ってこないと」
「あ、あー、そうですよねえ」
「ああ。だから、その、」
「はい。ホールのところで待ってます」
「わかった。すぐ行く」
 それだけを言い残し、イギリスはさっと歩きだす。さきほどまで子どもみたいに泣いていたとは思えない貫禄のある後ろ姿を見送って、ハワードは溜息をついた。
 勢いまかせに散歩などに誘ってしまったが、この辺りはまだきれいでもすこし歩けばあちこち攻撃された痕が残る街並みが続く。この国そのものである彼にとっては好んで見たいと思う風景ではないだろう。
 失敗したなあ。ぼんやりと呟いて首をかしげた、そのとき、
「まったく、その通りだね」
 と、自分のものではない声で返答が返ってきた。
 ハッとして顔をあげると数歩先にある曲がり角からだれかが歩いてくる気配がした。
 まず見えたのは靴先。続けてズボンのすそが見え、ゆっくりと全体が視界に入ってくる。
「あ、」
 アメリカさん、と言いかけて慌ててくちを噤む。
 彼からは自己紹介をされていない。なのでここで働くただのハワードは、彼の名前など知らないことになっているのだ。名前など呼んでしまったらどうして知っているのだと訝しがられてしまう。
「あー、と、さっきの、」
「うん、さっきの」
 ハワードと向かい合うように立ち止った彼は、無邪気な子どものように首をかしげてそう言った。
 ひどく親しげな表情だが、ハワードは一歩身を引いてしまう。普通の人ならばわからないような感覚だろうが、スパイとして生活しているハワードには『それ』が感じ取れた。
 理由はわからないが、彼はなぜかひどい怒気を発している。
 なぜだろう。いろいろと理由を考えてみるが、ハワードはここでイギリスと話して彼を元気づけただけだ。彼がこうも怒ることをしたとは思えない。
 もしかしてスパイだとバレてしまったのだろうか。その考えに行きついた瞬間、ヒヤリと背筋が凍った。
 いまは敵同士ではない戦況だが、それでも機密情報をこっそりと待ちだすスパイは歓迎された存在ではない。ならばこの状況や彼の態度も納得できる。
 逃げるべきだろうか。じり、と右足を後ろに下げようとして気がつく。背後は行き止まりで窓しかない。しかもここは二階だ。さすがのハワードもこの場所からアメリカその人を巻けるとは思えない。
 逃げ道はなし。これはもうごまかし通すしかないと覚悟を決めたとき、目の前の男がゆっくりとくちを開いた。
「俺、かかわらないでって言ったよね」
「は?」
作品名:合わせ鏡の三日月 作家名:ことは