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【黒の皇子 黒の神子】(中編小説/未完)

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「ゼロ様、お願いがございます」
「何、でしょうか」
 変声機越しでも伝わった、嘆きと緊張を隠せない声。それが【ゼロ】の言葉か、と目の前の男を心の中で罵倒するが、どうせ民衆は気付きはしないのだと苦笑する。
「ゼロ様。この男の体をこの後、場を設けて衆目に晒すことをお許し願えますか。勿論、残党が奪いに来ないよう信頼出来る警備をつけて。それこそがこの男に相応しい扱いですもの」
 穏やかな声で紡がれた彼女の言葉に、人々は歓声を上げる。その声に揺れたのは、彼女の心だけではなかった。
 表向きには人々の恨みを晴らすために。本当の思いは、ここで彼が傷付けられることなどないように。彼の死によっても治まることのない人々の怒り。それを鎮めるため、ルルーシュの遺体を晒し者にする。そう宣言する神楽耶に【ゼロ】……否、仮面の中のスザクは僅かに目を見開き唇を噛み締めた。
 神楽耶の真意は彼にも分かっていた。しかし、ルルーシュを晒し者にするという発言に同意することには躊躇いを覚える。それが実際に行われるかどうかは関係ない。ただ、死者を踏み躙るという行為が、今の彼には疎ましかった。
「ゼロ様」
 そんな彼の逡巡を見抜いたように、彼女は静かに決断を迫る。
 強い瞳に見つめられたスザクには、ただ頷くことしか出来なかった。神楽耶の言葉に頷いた【ゼロ】を、彼の真実など知らない民衆の歓喜の声が包んでいく。
 それを受けるべきは彼ではなく、今こうして全ての憎しみと共に滅んだ彼なのだと叫んでしまいたい。そんな激情が、彼の心の中で渦巻いていた。枢木スザクという存在を消し去る仮面の中、涙の乾いた頬は蒼白で。彼はただ、これこそが彼へ与えられる罰なのだと思いながら、その声を受け止めるしかなかった。
 感謝するというように、神楽耶は深く頭を下げた。そんな彼女に白銀の髪の少女が駆け寄る姿を、スザクは視界の端で捉える。
 何かを話す彼女たちに背を向けるようにマントを翻し、スザクは【ゼロ】として騎士団の幹部たちと合流するため、路上へと飛び降りた。


 ◇◇

 【ゼロ】の指示で回収されたルルーシュの遺体は、今は別室に安置されていた。
 部屋には、解放された黒の騎士団の幹部やその残党だった者、皇帝となった弟に弓引いた第二皇女コーネリアや第二皇子シュナイゼルといった、彼と関わりの深い者たちが集まっている。
「ナナリーは……」
 遺体から離れようとしなかった妹を案じて、コーネリアが口を開く。尋ねた彼女に【ゼロ】はゆっくりと首を振った。
「そうか」
 その答えに、コーネリアは目の前の男から視線を外すと、そっと目を伏せた。
 最愛の妹ユーフェミアの仇であり、誰よりも憎んだ男。それでも、彼女にとって彼は間違いなく弟だった。
 幼い頃、母親が違うということなど関係なく、ユーフェミアと親しくしていたルルーシュやナナリー。彼女もまた彼ら異母弟妹を心から慈しんでいたというのに、今ではそんな過去があったことが信じられない。……否、信じたくなかった。
 何も知らぬ、ただ憎い仇というだけであったなら。もしそうならば彼女もどんなに楽だっただろう。かつて、誰よりも敬愛した女性の遺したその子供。彼女は彼をよく知っていたからこそ、どれだけ憎んでも、ただ憎いだけの存在にはならなかった。彼が故国を憎み崩壊を望んだ、その想いすら理解出来てしまった。
 それでも、悪逆皇帝としての彼ならば純粋な憎悪をもって見ることが出来ると。過去のことなど忘れられると思っていたというのに、こんな……。
(ルルーシュ、お前は卑怯だ)
 世界を欺き、全てを抱いて死んだ憎い弟。彼女は彼を心の中で詰る。
 コーネリアの最愛の妹を奪った彼は、彼の最愛の妹を置いて逝ってしまった。
 再会したとき『ただ妹を助けたいだけ』と言った、ナナリーだけが存在意義といっても過言ではなかったルルーシュ。彼はその妹すら手放した。そこには、どれだけの想いと覚悟があったのだろうか。
 ルルーシュは、ナナリーのためにと言いながら故国に反逆した。コーネリアにはそんな彼を誰よりも理解することが出来る。彼女もまた、ルルーシュと同じ立場におかれたならきっと、彼と同じことをしていただろうから。
 だからこそ、何故なのだと思わずにいられない。
 彼女は、世界と妹を天秤にかけたならば、妹を選ぶだろう自分を知っている。それは、本当はユーフェミアのためなどではなく、自分のためなのだということも。
 ルルーシュもそれは同じだった筈なのに……何故こんな、と。
「姫様」
 悲しげに瞳を揺らすコーネリアを案じるように、彼女の騎士がその手に触れた。
「ギルフォード。私はどうやらルルーシュが嫌いではなかったらしい」
 ギルフォードにしか聞き取れないような小さな声で、彼女はそう言った。
 誰よりも憎んでいた、けれど決して嫌いにはなれなかった。憎悪はしても嫌悪はしなかった弟。
「私は、ルルーシュはシュナイゼル兄上と似ているのだと思っていた。だが違う……あれは誰よりも私と似ていたんだ」
 確かにその頭脳はシュナイゼルに匹敵するものであり、策士としての彼らは酷く似ていた。けれどルルーシュは、むしろ彼女と似ていたのだと、今更のようにコーネリアは思う。妹のためにと思いながら、本当はただ自分が生きるための理由として妹を求めていた。彼女を己の作る世界に閉じ込めていたかった。よく似た愚か者の、コーネリアとルルーシュ。
「だから、嫌いではなかったよ」
 そう言って、目の端に浮かんだ涙を隠すように彼女は俯いた。強く握られたその白い手が震えていることに、ギルフォードは気付く。
 戦場でブリタニアの魔女と恐れられたその人の見せる、弱さ。
 唯一の主に寄り添うように立ちながら、彼女の全てをこの手で守りたいと、彼は願っていた。

 そんな二人の様子に気付かぬように、黒の騎士団は目の前の【ゼロ】を凝視していた。
 説明を求める彼らに「それは後だ」と言い捨て、ルルーシュの遺体と共にここへ来たゼロ。
 かつて彼らが裏切り、殺そうとした彼らのリーダー。否、それを装う男。
 本当のゼロ……ルルーシュはつい先程彼らの目の前で死んだのだから、彼を殺したこの男がゼロである筈がない。彼らに浮かぶのは戸惑いと、その正体への僅かな予感だった。
「君は……」

「ゼロ様」
 何かを問おうとした藤堂を遮り、神楽耶は【彼】を呼んだ。
 民衆の前で見せていた笑顔はすでにその顔にはなく、ただ冷たい瞳だけがそこにあった。それなのに、声と身振りだけは何処までも楽しそうに、彼女は仮面の男へと話し掛ける。
「……何ですか、神楽耶様」
 あまりにも自然に、けれどどこか異様さを感じる姿で【ゼロ】に接する神楽耶。その姿に戸惑いながら、スザクは言葉を返した。
「祝いごとは、重なるほど嬉しいと申しますわね」
「あ……ああ」
 彼女の言葉の意味が掴めず、彼はただ頷いた。そんな彼の様子に、神楽耶はそっと口の端を上げる。