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HungrySpider

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第二章





「いやぁ!」
 耳に飛び込んできた鋭い悲鳴に、蜘蛛はハッと我に返った。
 元来、夜行性である蜘蛛は、太陽の日差しを嫌い昼間のうちは活動を休止して木陰で眠っていることが多いが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。慌てて声のした方に向かってみると、何処からか舞い込んできたよそ者の同胞が、暴れる蝶を押さえつけて今にも華奢な首筋に牙を剥こうとしていた。その光景を目の当たりにした蜘蛛は、瞬時に燃え上がった紅蓮の炎で脳が沸騰するかと思った。
「貴様……!」
 逆上した蜘蛛は素早く毒針の刃を抜き、駆け寄りながら腕を振り被って、渾身の力で袈裟懸けに切っ先を振り下ろした。
 ぎゃっ、と醜い悲鳴を上げて、蝶に手を出していた他の蜘蛛は血飛沫を撒き散らした。重傷を負った蜘蛛は自分よりも明らかに上位の格を持つ蜘蛛を見て勝ち目の無い事を悟ったのか、逃げるようにそそくさと退散していった。追い掛けて止めをさしてやりたい気持ちもあったが、それよりも何倍も大事な用がこちらにはある。 「ばか菊! 昼間に外に出たら危ないとあれほど言っておいたあるのに!」
 急いで蝶の元に戻り、崩れ落ちている肢体をそっと抱き上げた。すると彼はガタガタと震えている腕を伸ばして、必死に蜘蛛の首筋に抱きついてきた。
「やおさん……やおさんっ……!」
 余程恐ろしかったのか、蝶は泣きじゃくりながら蜘蛛に縋り付いてくる。乱された着衣の胸元には、揉み合っている内に付けられたのだろう赤い痣がくっきりと浮き上がっていた。それを見た蜘蛛は再び激しい憤怒を覚えたが、怒りをぶつけるべき対象は腕の中の蝶では無い。ざわめく神経を抑える様に、蜘蛛は蝶の鬱血した肌に唇を寄せて、労わるように口付けた。
「あ……」
 捕食行為とは異なる口寄せに驚いた蝶は、頭を押し退けようと抵抗してきたが、手首を掴んで引き剥がし、邪魔を阻んだ。微かに血の滲む甘い肌を存分に吸った蜘蛛は、ペロリと舌で舐めて他の男の跡を自分の口付けで塗り替えたことを確認すると、漸く満足を覚えてそっと顔を離した。
「これで専属契約更新ある」
「え?」
「お前を喰うのは我あるよ。菊」
「…………っ」
 潤んでいた漆黒の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。蝶は子供のように嗚咽を上げて泣きながら、蜘蛛の首に再び縋り付いてきた。
「わたし……わたし、やおさんじゃなきゃいやです……やおさんに食べて頂きたいのです……」
「ああ。わかってるあるよ。ちゃんと我が喰ってやるから」
 ひっく、ひっく、と何度も嗚咽で声を詰まらせながら、彼は一生懸命言葉を、心を伝えようと必死に訴えかけてきた。その切羽詰った様子に蜘蛛の胸は焦がされる。
「大丈夫、もう怖くないあるよ。悪い奴は我が追っ払ってやったあるから、お前は安心して我に喰われるのを待つよろし」
 よしよし、と指通りの良い黒髪を梳きながら、ぎゅっと細い肩を抱き締めてやった。彼が咽ぶ度に背中の翅も弱々しく揺れて、ゆるく発生した微風が蜘蛛の頬にもそよそよと流れてきた。
「…………」
 一頻り泣きじゃくった蝶は漸く落ち着いてきたのか、幼子のように必死に首に抱きついていた腕をそそくさと外し、よろよろと後ろに下がった。今更ながらに自分が何をやっていたのかを思い出したらしく、カッと頬を染めて俯いている。
「あの……すみませんでした。急に抱きついたりしてしまって……」
「別に。なんてことねーある」
 腕の中から離れていった体温を残念に思いつつ、蜘蛛は真摯な双眸でじっと蝶を見つめた。大した怪我が無くて本当に良かったとホッと胸を撫で下ろす。もし流血沙汰にでもなっていたら、とても正気を保っていられる自信は無かった。縄張り争いをしていた若い頃の時のように、相手が絶命しても殺戮衝動を抑えきれず、残虐に嬲り殺していたに違いない。そんな姿を蝶に見られたら、きっと嫌われてしまっただろう。
 二重の意味で小さく安堵を覚えると、その次にやってきたのは溢れんばかりの愛しさの衝動だった。もう一度蝶に触れたい。その身体を抱き締めたい。素直にそう感じた蜘蛛は、再び蝶を抱き締めるべく、そっと腕を伸ばした。
 しかし蝶は伸びてきた腕に弱々しく首を振るう。見れば恥ずかしそうに染めていた頬はいつの間にか蒼褪めており、ふるふると小刻みに震えてすらいた。
「どうしたあるか、菊?」
「……調子の良い事を言って、あなたはもう、私を食べて下さる気なんて無いくせに」
 ぽつり、と翳りを帯びた口調で呟いて、蝶はキッと蜘蛛を睨みつける。その眼差しには哀願を通り越した焦燥の揺らめきが混ざっていた。
 その睨視を受けた蜘蛛の胸中には苦々しい気持ちが広がっていった。
 蝶は明らかに苛立っていた。焦りを通り越して怒気を滲ませていた。いつまで経っても答えを出さない自分に焦れているのだ。
 またか、と辟易する思いだった。またこの話題だ。堂々巡りにしかならないこの議題だ。
「その話は、また今度にするね。今はゆっくり休むよろし」
 何とか宥めようとして肩に手を置こうとすると、逆にガッと彼に両手で手首を掴まれてしまった。
 思わぬ反応に面食らう蜘蛛を他所に、蝶は強引に蜘蛛の手を引き寄せると、自ら着物の合わせ目を剥がして肌蹴けさせた胸元に、長い鋭い爪の生えた掌を押し付けた。
「優しくするくらいなら、今すぐこの場で私を食べて下さい」
 癇癪を含んだ有無を言わせない口調で、蝶は蜘蛛の掌を己の首に宛がい、濁りの無い視線で真っ直ぐ見上げてくる。
 手首を掴む力は思いの他に強く、少しでも力を込めると、首筋の柔肌に爪が食い込んでしまいそうだった。
「……きく」
 蜘蛛は険しく眉宇を顰め、蝶の自暴自棄な行動を白けた気持ちで眺めていた。蝶の名を呟いた声音には瞋恚すら篭っていた。
 この頑固な分からず屋に、どうやって自分の気持ちを伝えてやろうか。
 一瞬の逡巡の末に、蜘蛛は少しぐらいの傷なら仕方ないと諦めて握力を使い、蝶の身体を自分の方に無理やり引き寄せた。
「あっ……」
 華奢な身体は呆気なくバランスを失い、蜘蛛の胸の中に落ちてくる。渾身の力で抱き締めた蜘蛛は、翅の生えた蝶の背中にするりと掌を回した。
「や……っ!」
 肩甲骨の辺りに妖しく指先を這わせると、蝶は肩を躍らせて過剰な位の反応を起こした。翅の根元は彼らの弱点であると共に、強烈な性感帯でもあるのだ。指の腹を使って快楽を引きずり出すような愛撫を与えると、彼はその都度、ビクビクと肩を震わせて呼吸を乱し、終いにはくたりと蜘蛛の胸に凭れ掛かった。
「ぁ……やっ、……ちが……っ」
 このような行為を望んでいたのでは無いと、蝶は必死に抗おうとする。しかし蜘蛛の巧みな指技に抵抗するだけの力を起こせない。硬直している蝶の首筋に蜘蛛は優しく口付け、僅かに赤く炎症してしまった肌を労わるように舌を這わせた。ゆっくりと項のラインを登っていき、耳の裏側まで丹念に舐め取ると、蜘蛛は蝶の黒髪を後ろに引っ張って顔を仰のかせ、苦しそうに喘いでいる唇に無理やり自分のそれを重ね合わせた。
「んぅ……っ!」
作品名:HungrySpider 作家名:鈴木イチ