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宵待奇譚

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 奉納の日取りは直に決められた。表向きは慎重に吉日を占って、とのことだったが、風の噂が勢いで決めたかのようなその日取りは、本当のところきちんと占われたのか怪しいものである。
 奉納の前日、雷蔵は慌ただしく働く寺男に頼まれ、釣鐘堂のある庭一帯を掃き清めに向かった。釣鐘堂があるのは寺の中でも外れのほうで、いつもひっそりと薄暗い。人の出入りも少ないため、ふだんは掃除も疎かにされがちだが、さすがに奉納の日までそのまま、というわけにはいかなかったらしい。
 釣鐘堂に辿り着いて、雷蔵は初めてその変化に気がつき息をのむ。
 厳重に打ちつけられていた戸板はすべて剥がされ、釣鐘堂の内部が見えるようになっていた。
 真っ黒な、鐘。
 それは降ろされたまま、釣鐘堂の中央に鎮座して異様な存在感を放っていた。周囲には幾重にも怪しげな符が貼り付けられている。
「とうとう姿を見せたか」
 不意に後ろから声がした。振り返ると、どこから現れたのか三郎が立っていた。
「ご大層なもんだな。どう見たっていわくつきだ」
「三郎、これは…」
「別当殿が恐れるのも納得がいく。噂が本当かどうかはともかく、こいつは見るからに恐ろしい」
「お前、この鐘の噂を知っててあんな話をしたのか」
「私は一度この鐘を見たかっただけさ」
 そう言うと、三郎は目を細めて鐘を見つめる。つられて雷蔵も鐘のほうを見る。それは相変わらず異様な姿でそこに鎮座していた。だが、改めて見れば、その異様さは鐘そのものが発しているのではなく、むしろその周囲に過剰なほどに張り巡らされた封印によるところが大きいように感じられた。
「もうし」
 突然、小さな声が奇妙なほどあたりに響いた。どこからの声かわからずに、雷蔵はあたりをきょろきょろ見渡す。
「雷蔵」
 三郎が指さす方向を見れば、垣根の向こう、鬱蒼と茂る木々の間に、一人の白拍子が立っていた。
「何か、御用ですか?」
「鐘の供養が行われると聞きました」
 白拍子は静かに答える。
「私に、供養の舞を奉納させてくださりませ」
「舞?」
 問い返す雷蔵に、白拍子はただ舞を、とだけ繰り返す。
「いいじゃないか、やらせてみれば」
 鷹揚な口調で、三郎が言った。
「白拍子の一人や二人、鐘を拝ませたところで何の支障もなかろう」
 三郎の言うことはもっともなのに、なぜか奇妙な予感がする。何も起こらずには済まないような、そんな気がするのは、白拍子の声がいやに硬質な響きを持っていたからだろうか。
「舞を」
 もう一度、静かな声でそう言われ、雷蔵は無意識のうちに白拍子を招き入れていた。

作品名:宵待奇譚 作家名:おでん