宵待奇譚
七
鐘から燃え落ちた符が風に乗って飛んできた。雷蔵はそれを拾い上げて、三郎に問う。
「どういうことだ」
「だから言っただろう。鐘には人間の魂が刻まれていた。妖怪はそれを助けたかった。だからこうして封印を解いた」
「なら、鐘を再掲すれば雨が降るとかいう話も、すべてお前の方便だったのか」
「嘘じゃない。こうして鐘の封印を解けば、雨は降るさ。だって雷蔵、お前が戻ってくるんだもの」
「…え?」
「雨が降らないのは、お前のせいだよ」
「…どういう…?」
「雨など、お前が望めばすぐに降り出すというのに」
話がわからずに戸惑う雷蔵を前にして、三郎は首をかしげる。
「まだ、思い出さないのか」
おかしいな。封印はもう消えたはずなのに、と三郎は呟く。そうしてじいっと鐘のほうを見つめて、ああ、と得心したようにため息をつく。
「まだ、あれの形が残っているからいけないのか」
そうして、鐘の近くに立つ男に呼び掛ける。
「八左ヱ門と言ったか、そこの人間崩れの鬼」
「人間崩れとは失礼な奴だな」
「本当のことだろう。それより早くその鐘を消し去ってくれ。お前にならたやすいだろう」
「言われなくてもそうするさ。こんな忌まわしいもの」
そう言うと、八左ヱ門は鐘に向かって手を伸ばす。一際高く炎が燃え上がって、鐘の輪郭がぐずぐずと崩れ落ち、やがてすべて消えてなくなった。最後の一かけらが落ちた瞬間、雷蔵は唐突にすべてを思い出す。