トッカータとフーガ
おれは諦めムードで仕事の邪魔にならなくければいいかと思っていたがシャアは違うらしい。目も合わさないで無視してる。
あからさまだなあ。その分おれが睨まれてるような。近づかないから罵倒されないけど視線は感じる。
人の悪意を感じると否応もなく疲れるがこれが毎日だと慣れてしまって気にならなくなってしまうところが我ながら…。
思い詰めた人間のやることを甘く見たのは気が緩んでたのだろう。ある日シャアをパーティ会場に送り届けて帰る時に車に乗る所を狙撃された。
殺気を感じて身を投げて避けたが銃を持ってないので反撃しようもなく警備が来るまで物陰に隠れるしかない。
足にかすって軽い怪我をした。たいした怪我ではないが力が入らない。
簡単に手当てをしてもらって座り込んでボーつとしてると騒ぎが収まった所にものすごーく不機嫌にシャアが立っている。
「パーティは中止だ。他の車をまわしてもらった。帰るぞ。」
腕をとられて起こされる。
「警備の不備を謝罪されたが…。書類を出させる。」
「はい。」
話は帰ってからするしかないが警備上の問題は無いだろう。明らかにおれを狙ってた。
そんなに切羽詰ってるのかねえ?シャアにもわかっているから余計にむっとしている。
「痛みは?」
「かすり傷ですので…。たいした事ありません。」
スーツは動き辛い物だと言う事を実感した。埃だらけの上破れてる。
シャアは部屋に帰るなり怒りを爆発させた。思い切り物に当たったのだ。
防弾のはずのガラスを壊すって…。よく部屋までもったな…。
「誰がやらせたか見当は付いている。」
「報復はする必要はないだろう?かすっただけだし。」
「命はとらないが思い知らせてやる。わたしの物に手を出したらどうなるか…。」
「おれはものか…。」
「わたしの大事なものだ。」ああそう…。
「好きにしたら良い。けどやり過ぎるなよ…。」
「きみはよく平気な顔しているな…。わたしはこんなに腹立たしいのに。」
「つぶされたのはあなたの面子だし。まあ…消すのが早いと言う気持ちはわかる。
命狙われるのも今に始まったことじゃないし…。ただ手元に銃がないのは反撃できなくて戸惑ったな。」
「銃が必要か?」
「なくても大丈夫だろう。」
余計な波風が立つからできれば持ちたくない。
「あなたを守る以外では持ちたくない。」
驚いた顔してから手を取りキスをして
「きみの身はわたしが守る。」
今それを言うのか?後が怖いな…。
肩をすくめて
「先に着替えてくる。」
傷口が濡れないよう気遣いながら軽くシャワーを浴びて戻るとお茶が用意されている。座るように促されて大人しく従うと
「きみには明日から病休に入ってもらう。」
「何故?」
「この際だから煩いのをまとめて片付けようかと。」
「それは良いけど?何やる気?」
「結婚式だ。」
「へー。誰と?」
いつの間にそんな女性を作ったんだろう。流石だなあ。
「きみ以外に誰がいる。」
「おれ?」
「そうだ。きみ以外と結婚する気はない。」
「おれは結婚は女性としたいぞ。と言うか同姓婚は認められてないだろうが。」
面倒な事言い出したな。
「大体男と結婚したからと言ってあの連中が大人しくなるとも思えないが。おれを排除しようと躍起になるだけだろう。」
「そうだな。きみと結婚したからといって大人しくはならないだろう。」
「何企んでるんだ…。」
「結婚させたいのならしてやろうと言うんだ。文句はあるまい。」
「あるぞ。巻き込まれるのは御免だ。」
「仕方あるまい。当事者なんだから。」
「あんたの結婚だろうが。何でおれが。」
「たとえ嘘でもきみ意外と結婚したくはない。」
「やっぱ何か企んでるんだな。」
「きみが引き受けるまで部屋から出さないつもりだ。」
げ!
にっこりして
「どんな手を使っても承諾してもらう。」
どうせ碌なこと考えてないな…。
「だから何をやらせる気なんだ?具体的なこと何も聞いてないけど。」
「さっきから言っているだろう?」
「何を?」
「結婚式。」
「まさかおれに花嫁役をしろと…。」あ…眩暈が…。
「何考えてるんだ。あなたは。」
「きみの言うとおり結婚でもしないと収まらないから派手にやってそのまま退場してもらうのが良いだろうと思ってな。
同情を引いて再婚を断りやすいように。」
「そんなお金と時間の無駄を…。」
冗談抜きで眩暈が…。
「正気か?」
「もちろん。」
どこがだ!
「あなたの言ってること。無茶苦茶だぞ。」
酔っ払いが酔ってませんと言ってるのと変わらない。
「相手が無茶苦茶やっているんだからこちらもやって構わないだろう。」
「構うよ。大体ばれるに決まってるって。」
「国の威信がかかっているんだから精々化けてくれ。」
「そんな無茶な!」
「承知してくれないならこの部屋から出さないし。私も仕事しない。」
おーい。くらくらする。
「勘弁してくれ…。」
「さあ。どうする?」
うれしそーに言いやがる。ここで否だと言おうものなら承諾させられるまで何されるか考えるまでもない。
こんな所で体力気力を使い果たしている場合ではなさそう。
頭抑えながら
「で?式は何時の予定なんだ?」
一転不機嫌になって
「出来るだけ早く済ませたい。これ以上目に入るところにいられたくない。」
「誰か女性を使えばいいだろう。」
「口封じのために殺すことになるぞ。」
嫌な事言うなあ。
「成功するとも思えないけど…。」
「させないと笑いものだな。わたしとしてはアムロ・レイと結婚で全然構わないが。」
「おれは嫌。」
「愛人とか言われて気にしないくせに何故嫌なんだ?」
「政治の世界は基本的に保守的なんだから男の愛人がいても表沙汰にならなきゃたいして問題じゃないけど結婚となると話は別だ。余計な騒ぎは起こしたくない。」
「誠実さの方が大事じゃないのか?」
どの口が言うかな?睨んでから眼を瞑る。
「ばれずに済むと思ってるのか?」
「きみ次第だ。」
憎ったらしい。これ以上言っても仕方ない。
「その前にナナイさんと相談したいんだけど。今呼んで良いか?」
「何故ナナイと相談するんだ?」
「客観的な意見が聞きたいから。良いな。」
ぶつぶつ言ってるが構わずに連絡を取り、悪いけど急いで来てもらうよう頼む。
冷めたお茶を飲んでボーとしてしまう。頭痛い。具体的に何やる気なのかはナナイさんが来てくれてから聞くとして…。
何でこの年で女装…。絶対無理だと思う。
それを言うとそんな事無いとか言うに決まってるがでっかい鱗のはまってる目で言われても納得できないぞ。
こうなると客観的な意見を求められるのは悪いと思うがナナイさんしかいない。
説得まで期待してはいけないだろうが。女装すれば女に見えるわけ無いだろうが…。考えるほど血圧が上がる。
「酒飲みたくなってきた…。」
「何か作るか?」
「止めとく。」
夜に呼び出して酔っ払って迎えるわけには行かない。
気を落ちつかせようとお茶のお代わり入れてもらって飲んでると来てくれた。
「怪我をしたと伺いましたが大丈夫ですか?」
優しい言葉にじんとくる。
「ありがとう。かすり傷なんだけど。」
シャアを指差して