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【動き出す時間】

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森の影から黒髪の青年が現れる。黒子から青年は見えないが気配は感じ取れた。

「……君は……緑間くんの……」

「同居人だよ。オレは高尾和成。真ちゃんと暮らしてるんだ……真ちゃんのこと知ってるの?」

「黒子、都に住む古代竜は人間嫌いって言ってなかったか。同居って」

「どうやら、少し離れている間に事情が変わったようですね」

「少しじゃねえだろ!」

黒子には解るが高尾は都に住む古代竜……緑間真太郎のドラグーンだ。黒子は緑間の人間嫌いをよく知っている。
大戦争が終わってから彼が竜都を動かなかったのも竜都に対する未練もあるが何よりも大戦争を起こす契機となった
人間に逢いたくはなかったからだ。

「都には誰も入れないようになってるとか言っていたのに……追い出さないと」

「……待ってください。ボクは……」

「黙ってろ。黒子、古代竜と戦う前にコイツを倒して腕試しだ」

誤解を解こうとしていた黒子だったが、火神が止め、背中の大剣に手をかける。

「お前、真ちゃんを狙おうとしてるんだ。それならやっつける」

高尾は両手剣を出す。火神は高尾が素人で楽に勝てそうだと想った。剣の構え方が素人なのだ。
黒子は止めようと竪琴を鳴らそうとするが先に火神が高尾に攻撃を仕掛けた。背負った剣を抜くと高尾に振り下ろす。

「うおっ!?」

動揺したのは高尾ではなく、火神だった。
振り下ろそうとしたが地面に落ちている石に足を取られて、バランスを崩したのだ。倒れそうになりながらも
踏みとどまる。高尾は剣で火神に傷をつけた。
掠っただけではあるが、火神は転び、身体が重くなり、痺れ、頭に霞がかかる。

「ラッキー。転んでくれたよ」

(……彼は……知らないんですか?緑間くんのドラグーンとなった特典を)

「あれ……?君、どうやって落とし穴から出たの?」

「さっきの間に風の力を借りました」

黒子は火神が斬りかかった時に竪琴を鳴らし風を操り、浮き上がることで落とし穴から出た。落とし穴から出た黒子は
戦いの一部始終を見た。火神はたまたま石に転んだように見えるが、そうではない。
緑間と契約したドラグーンは非常に運が良くなる。絶対に当たるはずの攻撃が当たらなくなったり、当たらないはずの攻撃が
当たるようになったりするのだ。動けない火神に黒子は竪琴の音色を聞かせる。火神は起き上がる。

「コイツの剣……おかしくないか……」

「『ロンゴミアント』と言うかつての都で使われた剣です。緑間くんが持たせたのですか?」

「拾ったんだ。お城の中にあったから」

「……その剣は重くて持つだけでも大変ですが相手を斬りつけられると動きを制限出来るんです」

高尾は得意げに言うが黒子としては緑間の管理が大雑把すぎることを咎めたくなった。都には誰も来ないから管理と言っても
放置しておくだけですんだせいもあるだろうが……『ロンゴミアント』は大戦争で使われた武器の一つだ。
火神なら楽に持てそうだが黒子や高尾には構えるだけでも重い剣である。しかし、この剣で少しでも相手を斬れば
相手を動けなくすることが出来たし、剣としても一級品だ。

「剣のこととか詳しいし……君……真ちゃんに似てる気配が……」

「───────遅いですよ」

高尾が黒子の存在について疑問を感じた時、黒子が毒づいた。
灰色の空が暗くなる。火神と高尾が見上げると、美しい緑色の鱗をした四枚羽根の巨大な竜が天空を飛んでいた。
火神が息を呑み、高尾は嬉しそうに巨大な竜に手を振る。
竜の姿がかき消える。

「お前がドラグーンを連れているとは……」

「それはこちらの台詞です」

声だけがする。いつの間にかその場には眼鏡をかけた緑色の髪の青年が現れていた。青年は火神よりも背が高い。
彼が都の古代竜だと火神は知る。人間ではない異質な感覚を微かに火神は感じた。
感覚は黒子と似ているのだ。

「俺は黒子のドラグーンじゃねえよ」

火神が否定する。緑間は眼を細めていたが、黒子が緑間の前に出る。

「……先に挨拶だけしておきます。ボクが竜都を出た以来ですね。同じ父にして母から産まれし同胞にして我が兄弟、
竜都の守護者、滅びし都をボク達の代わりに守護をしてくれてありがとうございます。神々や母さん達も喜んでいるでしょう」

「竜王から最後に産まれし最初の竜……同じ父にして母を持つ同胞にして我が兄弟。歴史の伝承者……竪琴なんてもって、
吟遊詩人の真似か? お前が歌を歌っている所など想像は出来ん。ペンでも持って本でも書いていろ。守護は好きでやってるだけだ」

「黄瀬の時はカットした癖に……棒読みで長々と挨拶してるな」

「伝統です。緑間くんは都を守ってくれているニートなので敬意は払います」

堅苦しい挨拶を火神は始めて聴いた。故郷と黒子は言っていた。
ニートという言い方が敬意を払っているように聞こえさせてくれない。

「黒ちゃんも古代竜なの?」

「今の伝承では五体しか居ないことになっているらしいが、コイツは幻の六体目の古代竜らしいのだよ」

「曖昧だな。お前……」

「外には滅多には出んからな……着いてこい」

古代竜からしてみれば人間の伝承など聞いておかないと知らないことだろう。火神の言葉に緑間は苦虫をかみつぶしたような
顔をする。人間嫌いというのは本当らしい。邪見にされている。

「後ろに乗せてー」

「……甘えるな」

「乗せて乗せて乗せてせっかく竜になってきたんだから乗せて!」

徒歩で行こうとする緑間に高尾が服の裾を掴み、竜になれとせがんだ。緑間は鬱陶しそうに高尾を見ながらも、
姿を変えて竜の姿に戻る。

「緑間くん。君は───────」

「──────黒子。お前も飛べるだろう。飛べ」

黒子の言葉を遮り緑間が告げる。黒子の姿が消えた。緑間よりも大きくはないが、四枚羽根の輝く黒い鱗を持つ黒竜が現れる。
高尾は緑間の背に乗っていた。始めて見る緑間以外の古代竜に感嘆する。

「竜に戻ってもいいのかよ」

「──────古都の結界によってみえません。火神くん、後ろに乗ってください」

火神は黒子の背にに乗る。緑間が先に飛び立ち、黒子が後を追った。



飛んだ時間は数分間、地上に広がるのは白い都だった。城門も建物も神殿も、あらゆる場所が白い。
黒子の話では滅んで数千年が経ったというのに未だに都は輝きを失わずに存在している。建物が崩れているところも
あったが気にならなかった。都市の中心にある神殿の前に緑間と黒子は降り立つ。
火神と高尾がそれぞれの背から降りた。
静まりかえっている都は全てが墓標のように見えた。余りにも、美しい。

「ただいま、帰りました」

都市に聞かせるように黒子は呟いた。古都の空気を吸い込む。最後に出て行ってから、変わらない。

「……おかえりと言いたいところだが用は何だ。黒子」

「センチメンタルな気分に浸らせてくれないんですね」

「浸るな」

鋭く緑間は黒子を睨む。
気遣いに聞こえない緑間の気遣い方であることを黒子は知っていた。顔には出さずに緑間の方に向き合う。
作品名:【動き出す時間】 作家名:高月翡翠