【動き出す時間】
垂れ下がっている翼を大剣で切り落とそうとする。緑間は火神の攻撃に耐えながら魔術を使う戦法をとっていたが、
火神も緑間の攻撃に耐えながら剣を使っている。
「お前、真ちゃんを苛めるな!!」
高尾は走る。
緑間が勝つとか負けるとか、火神が勝つとか負けるとか高尾には関係ない。緑間が傷つくことが厭だった。
走っていた高尾だが途中で石に足を取られて転んでしまう。
転んだときに持っていた『ロンゴミアンコ』が高尾の手から離れ、宙を舞い、後一撃で緑間の翼を落とせそうだと
大剣を振り上げていた火神の手の甲を傷つけた。
「うおっ!?」
『ロンゴミアンコ』は緑間を傷つけることはなく、地面に突き刺さる。火神が倒れる。『ロンゴミアンコ』の剣の効果だ。
怒っている高尾は『ロンゴミアンコ』を地面から引き抜く。
「真ちゃんを殺すならオレを先に殺せ……お前なんかに真ちゃんを……」
「高尾くん! 緑間くんは無事です!」
見ていた黒子が血相を変え、竪琴を鳴らした。火神に剣を振り下ろそうとする高尾だが、振り下ろそうとすると
身体が重くなり、地面に膝を突く。
「……黒子……回復を……」
「……豊穣の女神、ボクに力を貸してください」
竜の姿である緑間の姿が消え、人間に戻るが体中に傷がついて、立っているのもやっとと言った状態になっていた。
黒子が竪琴の弦をいくつかつま弾くと音色が火神や緑間の傷を癒していく。
最後に黒子は曲を止めると火神や高尾が動けるようになっていた。
「高尾……何故外に……出られた……」
「そんなことより、あんなに怪我して……」
「……治る範囲なのだぞ。黒子の手を借りたが、放置しておいても自動的に治る。古代竜の治癒力を甘く見るな」
「……それでも真ちゃんが傷つくのはやだ!」
高尾が緑間にしがみつく。
緑間が闘っているところを見たのは初めてとは言え、緑間が死んでしまうかと想った。古代竜の丈夫さは緑間から話でも
聞いているが傷ついて欲しくなかったのだ。
緑間はどうしたら良いのか解らず黒子に視線で助けを求めるが、黒子は高尾の方を見ただけだった。
「何だよ。たまたま剣が当たったってか……アイツ……俺より実力がないのに」
「彼は緑間くんのドラグーン。運が味方します」
火神は一人乗り残されたように高尾についてぼやくが黒子が火神にだけ聞こえるように話した。
(……高尾は、泣いているのか?)
人事のように緑間はしがみついている高尾が泣いていることを眺めていた。大戦争の時は大怪我を何度も負い、
死にかけたことだって少なくはない。自分のために誰かが泣くことなど考えたことはなかった。
「古代竜は強いとか言うけど……負けてたじゃん……」
「……神々の制限により俺たちは実力が出せん……今の最大の実力であれだけだ。本当はもっと強い」
「制限制限言うが……お前等強い癖に」
「強いからこそです」
全盛期の力を出すには世界が危機に……大戦争のようなことが起きれば神々も戒めを解くかも知れないが、
そんなことになればこの世界の破滅だ。
火神もそのことは知っているが、本来の力で全力の古代竜と闘ってみたいという欲求もある。
「火神と言ったな。黒子が見込んだだけであり、強い……が、力任せに剣を振るいすぎだ」
「その剣にやられてたのはお前だろ!」
緑間からしてみれば火神の力任せの剣は同胞である青い竜を想い出させた。火神の言葉を緑間は無視する。
「……黒子……それとお前の竪琴だが……それは『天空神の竪琴』ではないか?」
「そうですよ。ボクが都を出るときにあの人が持って行けと押しつけました」
「アイツは……俺はてっきり七つ全てが揃っていると……」
「『天空神の竪琴』……?そんなに凄いアイテムなの?」
『天空神の竪琴』は七大神の一柱である神々の父と言われている天空神の力が宿っている竪琴だ。
黒子は誇らしげに言う。
「ボクの魔術の力を上げ、弦を引くだけで精霊を操れるし杖の代わりにもなっているボクの旅のパートナーです」
「……あの竪琴、自動的に演奏していたような……」
「黒ちゃん吟遊詩人なんだよね。黒ちゃんいらないじゃん」
火神と高尾は二人で囁きあう。
『天空神の竪琴』は精霊を操る力を持ち、魔術を強く発動したりも出来た。緑間としてみれば託した奴に文句を言いたくなる。
奪われたりしたら災害が引き起こされることは目に見えて明らかだった。
黒子は古都の滞在を希望して緑間は受け入れた。断る理由がない。古都は黒子の故郷だ。
勝負は引き分けであるが、少しは希望を聴いてやると言う緑間の提案で黒子は火神の大剣を緑間に預けることにした。
愛剣を緑間に預けても良いのかと火神は疑ったが黒子が説得する。
「緑間くんは『鍛冶神の鉄槌』で武器を鍛えられます。丈夫な剣にしてくれるでしょう」
「……コイツって武器作る趣味があったのか」
「暇つぶしだ。神々が居ないため丈夫な武器しか作れないが」
「前に黄瀬くんが使っていた魔導剣も制作者は緑間くんです」
高尾が食事の準備をすると食材を取りに行っていて、居るのは緑間、黒子、火神だけだ。
「黄瀬と逢ったのか」
「騎士をしていました。君の作った武器を壊されてしまったそうです」
「どうせ、手入れをしていなかったのだろう」
黄瀬が都を出て行くときに緑間は特別製の魔導剣を与えた。魔導剣は大戦争が起きる前に使われていた武器であり、
あらゆる武器に姿を変えられる。黄瀬の要望でいくつかの機能を付加した。
「良い武器に仕上げてくれるんだろうな」
「……鍛冶神直伝だ。さらにあの方が使っていた槌もある」
『鍛冶神の鉄槌』は鍛冶神が使っていた槌だ。鍛冶神は神々が使っていたと言われている武器の殆どを作っている。
おとぎ話にある鉄槌だが古都の神殿に安置されていた。火神は剣を緑間に預ける。片手で緑間は受け取った。
「ボクは都を散策してきます。火神くんも好きに過ごしてください」
黒子が離れる。
緑間と火神は二人きりになったが話すことがない。緑間は武器を鍛えに城に離れようとした。城には鍛冶場があるのだ。
「この都は大戦争で滅びたんだよな」
火神が言う。緑間は離れることを止めて、火神の方を向いた。
「そうだ。人間の手によって滅びた」
「……どういうことだよ」
「大戦争の契機は神々と邪神の戦い……邪神は始まりの人間が作ったものだからだ」
古都は神聖王国……昔の王都であり、神聖王国を中心に始まりの人間はこの大陸を支配していた。
始まりの人間は不老不死であり、神々の力を強く持っていた。永遠に生き続けることに飽き、神々に嫉妬し、神々が使わなかった
混沌の残りで邪神を作り上げた。
「神なんて作ったのか……」
「……この世界は人間達の物だった。にも関わらずだ」
黒子に言わせれば神々の見えざる力が圧迫していたと言うことではあるが、人間達が邪神を作り大戦争が引き起こったのは
変えられない事実だ。
神々の圧迫感は緑間や黒子にもかかっているし、息苦しいと想う時もあるが神々を討ち滅ぼしたいとまでは考えない。