センセイと私
マシュマロみたいにふにふにとやわらかい身体をみがいてやるのは、とても楽しい作業だ。髪は梳けばシルクみたいに艶やかになる。みがけばみがくほどに輝きを増す、珠玉。
ノルウェーをかまいたくて仕方がないのだ。
頬にキスをして、ソファーに横たえる。身体を丸めて眠るノルウェーの姿に笑みがこぼれた。穏やかな寝顔だった。
料理がほぼ出来上がる頃に、においにつられてノルウェーが起き出してきた。
デンマークの作った夕飯を食べながら学校のことを話しているうちに(と言っても、主にしゃべっているのはデンマークで、ノルウェーはたまに短く応えるだけだ)、ノルウェーは先日の昼休みのことを思い出した。
「こないだの《マブダチ》ってのは何だ」
「うん?」
「フィンに言ったべや。おめはオトモダチなら誰にでもこんなことしてんのけ?」
手料理をふるまうのはいいとして、風呂に入れてやったり、他にもアレやコレやをしたり、が当たり前の友達づきあいの範疇に入るわけがない。返答によってはこの男とのつきあいを考え直さねばとノルウェーは思う。
普通に、教師と教え子というのが妥当な説明だろうに。「だってよー」とデンマークは唇をとがらせる。
「その口やめろ、うざい!」
「えー?だって、教師ったっておめぇ、いっぺんでもおめが俺の言う事を素直に聞いたこと、あっぺか?」
テーブルの下で、かわいこぶる男の脚をげしげし蹴っていたノルウェーは、蹴るのをやめて小首をかしげる。ややあって、「ねぇな」とうなずいた。
「んだろ?ヘタすりゃおめぇ、俺のタメのダチよりも態度でけぇっぺ」
なんか文句でもあるのか、と藍色の瞳でにらまれた。なまじ容姿が整っているだけに、すごみがある。
「俺はセンセイで、おめぇはうちの高校の生徒だべ?だはんで、俺らみてぇなつきあい方してっと周りがうるせぇかんな。俺は別に気にはせんけど、あーだこうだ言われんのはうぜぇしな」
ノルウェーはうっすらと笑みを浮かべる。
「難儀だべな。まぁ私はおめと心中する気はさらさらねぇが」
くつくと喉を鳴らして、デンマークも不適ににっと笑った。
「えがっぺえがっぺ、ノルはそのまんまで」
学内で、デンマークとノルウェーの関係に気づいている人間は少なからずいるはずだ。だが、前に校長にやんわりと釘を刺された一件以外は、今のところは誰にも咎められたことがない。
むろんふたりだって、場をわきまえるべきところでは、ちゃんと一線を引いている。少なくとも、あの高校で絶対的な力を持つ、リベラリスト(というか、適当かつフリーダム)な校長が最高権力者として君臨している間は、うっとうしい横槍の心配はなさそうだ。
「またフィンにも、メシ食わしてやろうな」
「おめの作ったおかずを分けてやったら、旨そうに食ってたべ」
「そうけそうけ」
フィンランドの故郷は比較的魚をよく食べる地域だから、デンマークの料理は舌に合いやすいだろう。ノルウェーにしてもそうだ、漁業で栄えた港町の生まれだから、デンマークがさばいた新鮮な魚介を気持ちよく食べてくれる。
ひとをもてなすのが好きなデンマークはひとに手料理を振舞うのが好きだ。特に、ノルウェーの食事は見ていて楽しい。その細い身体のどこに入るのかというほど、彼女は大の男顔負けの健啖家だ。品よくしかし遠慮なく、あっという間に料理が食卓から消えていく。
マリネを自分とノルウェーの皿に取り分けて、ひときわ大きなサーモンの切り身をフォークに刺して寄越してやると、はくり、と食いついてきた。仕草がなんともかわいらしい。
「にやにやすんな、気色悪ぃ」
「いやー、ノルとメシ食うのはええもんだと思ってよ」
そろそろデザートの出番だろうか。ミネラルウォーターを一口飲んで、席を立つ。思わず顔がほころぶのをノルウェーに散々「うざい」と邪険にされ、それでもやっぱり自分の顔はやに下がっているんだろうと思う。
「教師だ生徒だってのは関係ねぇっぺ。ノルだがらこうやってんだ、俺は」
教師と教え子、どこか背徳的な関係に燃え上がったわけじゃない。自分の生徒だからという、それだけで、のべつ幕なしに欲情したりはしない。絶対に。ノルウェーだから大事にして、甘やかして、愛して、抱いたのだ。
そう言ったデンマークに、ノルウェーは怪訝そうな顔を向ける。
「何を当たり前のことを、今さら言うてんだべ、おめは」
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