ハミングバード
4.
女将さんから話に聞いていたとおり、夜祭りは結構盛大な物らしかった。
遠目でわかる、町を見下ろす所にある丘の中腹に、何か木々の隙間から覗く屋根があって、ちらほらと歩いている人は皆、同じ方向へ向かっている。
丁度ここかな、と思う辺り、お膝元の階段辺りまで来たら、数人の子供がなにやら騒ぎながら一気に階段を駆け上っていった。
「わー・・・」
「ちょっとすごいね、これは。田舎の子はすごいなぁ…」
それを見送りながら、あくまで穏やかに獏良は呟いた。
そう、祭りの会場と思しき神社には、ちょっとしたトラップがあった。
「・・・長いね」
『…長いな』
2人だけでなく皆も一様に似たような表情をしているが、これはちょっと呆然としても許されるかもしれない。
ここしばらく、ついぞ見かけなかった程の段数の、石段。
神社はたぶんこの先だ。
「・・・ここでこうしててもしゃーねぇ。行くか」
這々の体で辿り着いたゴールで、それぞれは大きく息をついた。
情けない話だがちょっとばかり足が痛い。
「なぁに? もう、だらしないわねぇ」
浴衣のわりに意外と平気そうな杏子は、まったく、と呆れたように笑っている。何のかんのと城之内もケロッとしているが。さすが、普段から身体を動かしているだけはある、ということか。
『大丈夫か、相棒』
「うう、階段苦手…」
途中で交替を申し出てくれたもう一人の遊戯に少し甘えておけば良かった。後悔してももう遅い。ちょっとと言わずかなり疲れたような気がするが・・・、促されて目をやった先の光景に遊戯は一瞬足の痛みを忘れかけた。
「わぁ・・・!」
「…確かに、大きなお祭りだね」
ご近所の町内会主催の盆踊りとは規模が違う。
境内の前の広場には所狭しと屋台が並べられ、種類もわたがし・とうもろこし・いかやき・たこ焼き・かき氷・、射的やクジ、金魚すくいももちろん。今まで見た事のないくらいの提灯が辺りを照らし、多くの屋台が建ち並んでいる。
まだ逢魔が時を過ぎた頃くらいなのに、もう既に数多くの人で賑わっていた。
親子連れ、友人同士のグループ、カップルなど、訪れている人も様々だ。
「すごいなぁ…何食べよう?」
「おいおいまず食う事かよ、獏良」
「だってこういう雰囲気、何か食べたいって思わない?」
「・・・分かるわー、それ…」
何でもないはずの物でもすっごい美味しそうに見えるのよねー、との杏子の言葉に頷いていると、傍らで半身が笑う気配がした。
何だか妙に仕方ないな、みたいな笑いだったのでちょっと恥ずかしかったけれど。
「・・・一緒に食べようね?」
こっそりとそう聞くと、彼は酷く楽しげに笑い返してくれた。
そうして皆で焼そばやら何やらのスナック系を片付けながら夜店を片っ端から回っていた時だ。
「をを!? なんだこりゃ!」
「わぁ、M&Wだ!」
トウモロコシを囓りながら、手を触れずに動く人形の不思議な大道芸なんかをひやかして歩いていたが、とある屋台の前で一部メンツが引っ掛かった。
よくある射的場みたいなものだったが、肝心の景品が。
「わ、クリボーがいる~!」
「あれ、ブルーアイズ…か?」
「…何か微妙にディティールが違うよねぇ」
いまや巷で大流行!のカードゲームのモンスターのぬいぐるみ・・・もどき。
ぱっと見、よく似ているのだが、一部色が違っていたり、海馬ランドや直営店のUFOキャッチャーで見かけるものより、ちょっとばかり・・・アレな気がする。
ブラックマジシャン、頭に巻き貝ついてるみたいだ。・・・ある意味、よく特徴捉えてると言えなくもないが。
『・・・これが噂の類似品にご注意くださいって奴か?』
「もう一人のボク、たぶんちょっとそれ違う…」
興味深げに眺めているもう一人の遊戯にしたツッコミは、小声だったのできっと誰にも届いていない。
・・・クリボーと、ガールは結構可愛いかな。
射的はそのぬいぐるみと、普通のお菓子なんかの景品の2つに分かれているようだった。しばし皆でちらちら店先で眺めていたが、「・・・ある意味アレもレアだよね」と呟いた獏良が寄っていってしまう。
ハイよ、2回で500円。
「おいおい、やんのかよ」
「ボク初めてなんだけど、折角だし。これどうやって構えるのかな?」
受け取った射的用のチャチな銃を眺める獏良に、本田が慣れた手つきで構えを教えてやる。ただのおもちゃの銃なのに、本田が構えると妙に似合った。
獏良も見よう見真似で狙いを定めて、1発目、アウト。2発目は見事に命中。
「当たった!」
『…けど重いな』
もう一人の遊戯のツッコミ通り、当たったは良いがぬいぐるみ自体に結構重さがあるらしく、多少揺れても落ちる所まではいかない。
「ああ、惜しい~」
「結構難しいね、これ」
「・・・貸せ。おやっさん、オレも」
まいど、500円。
「よ、いっとけガンマニア!」
「マニアじゃねーっての!」
1発目、命中。先程より当たった位置が良いのか、揺れが大きいがまだ落ちはしない。ああ駄目か、と落胆し掛けた所で、揺れるぬいぐるみに更に2発目がHIT!
見事にころん、とぬいぐるみは転がり落ちた。
「やた!」
『成る程、うまいな本田くん』
バランスを崩した所にもう一発衝撃を与えてやれば、逆に多少の重さがあるぬいぐるみだ。あとは勝手に落ちてくれる。
ま、基本的に当てる事が出来れば、の話だが。
カランカラーン、とおざなりに鳴らされた当たりの鐘とともに、ぬいぐるみが味も素っ気もないビニール袋に入れられて差し出された。
「流石だね、本田くん」
「・・・ほら。持って帰れよ」
「え?」
そのままスライドしてきたぬいぐるみに、獏良は軽く目を瞠った。
「この後実家帰るんだろ。妹に土産にでもしてくれ」
オレはやりたかっただけだから。ぽり、と少しばかり照れくさそうに頬を掻くのが少しおかしくて、獏良は少しだけ、目を伏せた。
ほんの少し、苦い物が走るけれど。
「ありがとう」
顔を上げた時には、笑って袋を受け取った。