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理想を夢見るマザーファッカーの最後の独白

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 その話を聞いたとき正直に言えば少し、驚いた。アメリカがイギリスに告白をして、イギリスはそれを恥らいながらも受け入れて、ハッピーエンド。アメリカがわかりにくく元兄に対して、兄弟愛にも親子愛にも似た恋情を抱いていたのはある程度の観察眼のある関係者のなかでは有名なことであったが、イギリスは当然それに全くこれっぽっちも気づいてはいなかった。むしろ嫌われているに違いないと思い込んでさえいたものだから、様々な紆余曲折を経て、ついでとばかりに周囲に多大なる迷惑をかけてなんとかくっついた二人である。それでもアメリカとイギリスのことだから細かい言い争いや諍いはよくあって、そのたびにイギリスは落ち込んでいたし、アメリカは荒れていたけれど、そのたびになんとか歩み寄って、概ねうまくやっているように見えていた。
「原因は?」
「わかんねぇ」
 泣くかな。そう思ったけれどぎりぎり、涙の粒はこぼれなかった。ただいっそう緑を濡らせてイギリスはかぶりを振った。
「わかんねぇ。だって、ずっと、いい感じだったんだ。あいつはすごく優しくて。笑ってて。スコーンは不味いっていうけど紅茶だって飲んでくれた。コーヒーのほうがいいっていうけど、それでも紅茶だって飲んでくれたし。だから俺もたまにはコーヒーをいれてやって、喜ばれるのが嬉しくて」
 こらえきれなくなったように一層緑が揺れて滲む。涙が頬を伝う。耳まで真っ赤になって顔をくしゃくしゃにして、イギリスは縋るように拳を握りしめた。爪が皮膚に食い込んでいそうだ。フランスは痛ましくそれを見守る。その手のひらを包み込んでやるにはまだ少し足りないのだ。それで、と先を促してやれば、嗚咽を耐えながら健気にもイギリスは唇を開いた。
「わっかんねぇ、よ。だって、それまで、それまで、ふつうだったんだ。あいつはソファに座ってて。紅茶を、のんでて。テレビではあいつんとこの古いロマンス映画がやってて、もう佳境まできてた。すれ違ってばかりいた恋人たちが漸く結ばれるところで、夢中になってあいつは映画をみてて、俺は、あいつの横に座って本を読んでて。だけど突然、あいつは横に座ってた俺を突き飛ばしたんだ」
 ひゅう、とイギリスの喉が鳴った。息を吸いこんで、言葉に吐息と嗚咽が混じる。わかんねえ、と何度もなんども繰り返している。
「連絡も、とれねぇし。俺とはしゃべることなんて何もねぇっていうし。何が起こったのか、わっかんねぇし。あいつが帰ったあと、映画の恋人たちは夕暮れの家のなかで幸せそうに笑ってるし、でも俺はひとりで、もう、最悪だ」
 子供のように目をごしごしと擦って、イギリスは泣いた。どうしようもない不条理に泣き喚く子供。お前はこの姿をアメリカに見せてやればよかったのに。フランスはそう思ったけれど口には出さない。そうしたならば、アメリカだってもしかしたら今の自分みたいにこの大きな子供を抱きしめて、その涙を拭って、大丈夫だよと囁いてやりたいと思ったに違いないのだ。
 でも、この男はそれが出来ない。
 むかし、何十年前か、もしかしたら百年以上前だったかもしれないむかしに、どうしてお前は態々よそで醜態を晒すのか、と尋ねたことがある。と、酔っ払って眠くなっていたのだろう、この男は少し恥ずかしそうな顔をして、だって、ロンドンが雨が振りそうだったから。と答えた。そんなのいつものことでしょう。とも思ったけれど、眠りに落ちてしまったイギリスの睫毛には涙がたまっていて、ああそうか、と得心がいった。まるで自分の感情をあらわしているかのような自国では、十分に泣くこともできないのだろう。けれど自国を離れたとて、ただ泣くことすら自尊心が許さず、結局、この男は酒を浴びるように飲んでそれを言い訳に、漸く泣くことを自分に許すのだ。
 それに気づいた時の、なんともいえないやるせなさは、今でもフランスの心臓の奥深くに燻っていた。それがはじまりだったのか、それともずっとずっとふるいおおむかしからあった感情に気づかせる契機になったのか、それはもうわからない。
 と、悪友の言葉が脳裏をよぎる。『お前ら、今度はどんだけ持つん? 出来るんなら長めにしとってなー』そう言って笑っていた浅黒い肌の男が賭けの胴元となって、欧州たちが自分たちがどれくらい続くのか、或いはどれくらいでよりを戻すのかを賭けの対象にしているのは知っていた。面白いはずはないが、それでも咎めることは出来ない。確かに笑ってしまうくらい何回も全く懲りることもせずに、自分たちは何度も恋に落ちては、その恋に破れ、そしてまた再び恋をする。そればかりを繰り返しているのだから。
「ねぇイギリス。泣くのはやめて。ね。ほら、そんなに目を擦らないよ。痛くなっちゃうだろ。ほら、お前の腕はお兄さんに抱きつくためにあるんだから。お前の涙は俺が拭ってあげるから。ね?」
 フランスの言葉にイギリスは少し逡巡するように沈黙し、ゆっくりと伺うようにフランスを見上げた。何か見定めるように凝っとフランスを見て、それから恐恐と、まるで何かに怯えるようにそろりそろりと手を伸ばした。緩慢に伸ばされた手は壊れ物に触れるかのようにフランスの頬を羽のように撫で、それからその手を、今度は焦ったようにフランスの首元に回した。振動。ぎゅう、と抱きつくような形で、イギリスはフランスの胸に顔を埋めてしまう。尻餅をつきながらもなんとかイギリスを抱きとめて、フランスはゆっくりとイギリスの髪を撫でる。イギリスはこうして頭を撫でられることが好きなのだし、フランスも、この金色の癖のある髪に触れるのは好きだった。整髪料の香りと、それに潜み隠れるように香る森のにおい。
 ああ、かえってきた。フランスはそう思いながら縋るように抱きついてくるイギリスをそっと抱きよせた。これを、ずっと取り戻したかった。
「なあ、俺のことが好きだろう? 俺のアングルテール」
 僅かに逡巡するような間のあと、真っ赤なお目目の森の子供はばかぁ、と甘ったるく愛の言葉をくれた。

 ふと、思い出したことがあった。
 昔むかし、アメリカが幼なかりし頃だ。アメリカの家に、イギリスと二人で訪ねたことがあった。たしかカナダも一緒だったように思う。その頃はなんどめかの蜜月の最中で、遊び疲れて眠ってしまったアメリカとカナダに毛布をかけてやっているイギリスを見て、まるで家族か何かのようだ、と思ったことがあった。それを口にすれば、この意地っ張りで恥ずかしがり屋ですぐ手が出る癖のある男に渾身の力でもって殴られることを知っていたフランスは、しかしあえてそれを口にした。真っ赤になるイギリスが見たかったからである。予想通りに真っ赤になったイギリスは、ばか! と面罵しながらフランスの顔に蹴りをいれてこようとしてきたから、慌てて避けてそれはやりすぎだと抗議をこめて抱きしめてキスをしたのだ。愛を囁けば真っ赤になってしどろもどろになって、それでも恥じらうように珍しく、同じように愛の言葉をかえしてくれた。夕闇の迫る夕暮れ時。子供らがいなければここでこのまま事に及んでしまいたいくらいだ、と思ったフランスはふと視線を感じて目を開ければイギリスの肩ごしに、微睡んだようなとろんとした目でこちらを見ているアメリカと目があった。