銀新/雪祭り、その夜/銀魂
結果、新八がストレートで三回負けた。
ちくしょおおおと唸る新八の横でにやにやと二人は笑う。
ぶつぶつと文句を言いながら、コタツを抜け出すと新八は顔をしかめた。その様子を見て、銀時が壁際に掛けてある羽織をあごで指す。
「おい。あったかくしていけよ」
すでに雪はやんでいたが、街は白く染められたままだった。冬のつめたい空気が、積もった雪にさらに冷やされて、外は江戸とは思えぬほど寒くなっていた。
新八が半纏を脱いで羽織に袖を通し、マフラー巻いているのを横目で眺めながら、銀時はふとあることに気がついた。
ここで一緒にいけば新八と二人きりではないか。
最近、珍しく仕事が続いたので二人きりの時間を過ごすことができなかった。雪を見ながら夜道を二人で歩くとは、なかなかロマンチックだ。
コンビニまでは片道10分もかからないが、クリスマスも一緒に過ごせなかったことから、銀時は新八に飢えていた。
一緒に行こう。
そう決意すると、銀時はそわそわし始めた。だが、誰が行くかで争ったこと、じゃんけんで負けた新八を笑ったことから、簡単に「俺も行く」とは言い出しにくい。
いかに不自然ではなく立ち上がるか、銀時が悶々としていると、玄関から新八が出て行く音がした。
しまった! 出遅れた。と、銀時は心の中で舌打ちする。 しかし、慌てると神楽に変に思うだろう。ここはなんとなくそれとなく、適当な理由をつけて追いかける方が得策だと銀時は計算する。
「あっ、あれ? そーいや、今週のジャンプ買うの忘れてたんだよなー」
「ん?」
テレビに見入っていた神楽が振り向く。
「やべ、新八に頼むの忘れてた。…しゃーねぇ、俺、ちょっと行ってくるわ。神楽、悪いけど一人で留守してろや。あーめんどくさ」
頭を掻きながらコタツから抜ける。冷たい外気が温まった下半身にまとわりついてぶるりと震えた。
「……ふーん。気をつけて行ってこいヨ」
「おう」
神楽が興味なさそうに言うのに安心し、銀時はマフラーを掴んで和室を出た。面倒くさそうに襖を閉め、完全に閉めたのを確認して玄関に走り出す。
大急ぎでブーツを履いて外に出ると新八の姿を少し先で見つけた。すべりそうな階段を駆け下りながら新八を呼ぶ。声に振り返った新八は銀時の駆けてくる姿を見ると不思議そうに立ち止まった。
「どうしたんですか?」
走ってくる銀時をきょとんとした目で新八は見つめていた。
「いや、べつに。やっぱり俺も行こうかと……」
追いついて新八に並び、銀時はようやくマフラーを首に巻く。
「はあ? だったら始めからアンタが行けば良かっただろ。僕、すごく寒いんですけど」
「あ、いや、あそこは雰囲気的に、ね?」
「もう」
新八は大げさにすねたふりをして見せる。その両頬をふくらませた顔に、銀時は胸をときめきで打ち抜かれた。新八の無意識の不意打ちに銀時の足が止まる。
どうしたのかと数歩先で新八が振り返り、いぶかしげな顔をする。それに顔を横に振って銀時は苦笑した。
空はどんより曇っていて月などは見えないが、看板のネオンと積もった雪の白さで辺りはとても明るかった。ざくざく、と雪を踏む二人の分の足音が続く。どの店も戸をしっかり閉めていた。窓からもれる明かりはとても暖かそうにみえた。いつもは店から店へと梯子する酔いどれ達がふらついているが、今夜の夜道は人の姿もほとんどなかった。
脇を走っていく自動車は江戸では珍しいチェーンを巻いていて、白くなったアスファルトを進んでいく。
「チェーンしてるからいつもと違う音がしますね。雪のせいもあるのかな。全然とけてないし」
「…ん? あ、ああ…そうだな」
車通りが激しいところなら車道の雪はとけて水になるのだが、かぶき町でも裏通りのこの道は送迎の駕籠屋(タクシー)ぐらいしか通らず、先ほどまで降り続けていた雪が積もっている。柔らかい雪の上に、人の足跡がいくつも残っていた。
「今日の雪祭りで道路とかの雪もあの会場に運んで…。お登勢さんたち上手くやりましたよね。雪像のためにみんなで雪かきしましたもん。あれがなきゃ、ここら辺ろくに歩くこともできなかったですよ」
「…あー、そうだな…」
正面を向きながら新八と会話する銀時だったが、その神経は新八の一点に集中していた。
手である。
新八と手を繋ぎたかった。それがこの寒い外に出てきた理由でもあった。
新八の手は寒さのため袖口の中に隠れていた。寒い中を歩くとき誰でもする行為で、かく言う銀時も今そうしているのだが、これではふと触れ合ったからついでに手を繋ぐという技が使えない。
正直に、手を繋ぎたいと伝えようと思ったが、緊張してしまって言えずにいた。極度の緊張のため冷たくなった手を袖の中でぎゅっと握りしめる。あまりに強く握りしめたため、作った拳の中に嫌な汗をかき始め、それが風に冷えて痛いほどつめたくなってしまった。
こんなに冷たくては、新八に嫌がられてしまうではないか。いや、逆に同情をひいていいかもしれない。
――わ、銀さん。こんなに冷たくなって。かわいそう。
――……やっぱ新八は温かけぇな…。
――コンビにまで手繋いでいきませんか?
――新八……。
そうだ、これでいこう。
「し…し新八…寒くねぇ? て、手」
「ああ…手袋ですか? してきたかったですけど、雪像作るときに濡らしちゃって」
新八ははにかみながら両手をこすり合わせる。
なら、手ぇつながね?
喉元まででかかった言葉が出ない。もうコンビニへ着いてしまうのに。
なんで言えねぇんだ! だって恥ずかしいもんよ! 俺の馬鹿! つーか、新八、お前も俺が手のこと話題にしてんだから気づけよ!
と、銀時が胸の中で自分とケンカしているうちに、明るいコンビニの店先に着いたのである。
店内の暖かさに感動するどころか、ここまでの緊張と繋げなかったショックでどっと疲れが出てくる。
「…新八。俺、立ち読みしてっから」
「あ、はい。とろーりプリンですよね?」
新八がデザートコーナーに行くのを見届けて、銀時は雑誌の棚の前に立った。数ある雑誌を眺めながらもその心は新八の事でいっぱいだった。
たかが手を繋ぐくらいで、何故こんなに勇気がいるのか。中学生のような悩みを持つ自分が忌まわしい。
しかしながら、その理由を銀時は充分に理解していた。仕事も寝食も共にし、教育するべき対象がいる。それは家族だ。空気のような存在。近すぎるのだ、距離が。だから付き合い始めの恋人らしい振る舞いができない。
それを回避するにはどうしたらいいのか。
「…ラブテクニック50。男を落とした実績のワザが集結……」
目の前の女性誌のあおりが目に入る。ごくりと喉を鳴らし、銀時がそれに手を伸ばした時。
「銀さん。お待たせしましたー」
銀時は慌てて手を引っ込め、たはは、と乾いたため息をついた。
作品名:銀新/雪祭り、その夜/銀魂 作家名:ume