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銀新◆最後に笑うは我なりや◆銀魂

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 いつもなら原付を二人乗りで行くのだが、先日から源外のところへ預けてある。徒歩では15分ほどかかるが、定春もつれて散歩のかわりにすることになった。
 いつもこうして二人で歩くとき、ずっと喋っているわけではないが、今日はいちだんと会話がない。
 変に気を使って銀時が話しかけるのだが、新八のツッコミは冴えず、しまいには「そーですね」としか返事をしない昼のサングラスアワーのようになってしまった。
「なあ、新八」
 店に入り、赤いカゴを手に野菜売り場をまわる新八の後ろをついていく。
「お前、今日変だけど…俺なんかした?」
 ピクリと、茄子に伸ばした新八の手がとまる。
「あ…すみません。今日はずっと考えごとしてて。銀さんのせいじゃないです」
「ならいいんだけどよ……」
「まあ、昨日パチンコいったのは少し怒ってますよ。勝ったからいいけど」
 新八はそう苦笑する。
 何を考え込んでいるのだと続けようしたが、新八は銀時を置いてすたすたと鮮魚売り場に歩いていってしまう。その背中がそれ以上聞くなと言っているようで、銀時は何も聞けなくなってしまった。
 買い物袋を一つずつ提げて店を出た。
 店先に繋いでおいた定春をつれて帰路につく。
 定春の散歩もかねているので、帰りは舗装されている道ではなく、川辺の土手を歩くことになった。
 川の水に冷やされた風が土手の坂を上ってくる。ふわりと二人の髪とビニール袋を揺らした。
 気持ちのいい風だった。もう夏だな、と空を見上げる銀時とは対照に、新八はうつむき加減であった。
 定春は土手を降りた河川敷で、空を泳ぐ蜻蛉を追いかけ駆け回っている。河川敷では神楽に会うかと思っていたが、姿はなかった。
 黄色い土の道を歩きながら、銀時は前を歩く新八の後ろ頭をじっと見つめていた。
 しばらく、二人の間に会話はない。新八はまた考え事とやらをしているのか、たまに小さくため息をついては首を振っていた。
 新八のうなじを覗く。着物で隠れて目立たないが、そこには蚊にくわれた跡があった。数日前までそこはぷっくりと赤く腫れていて、銀時の情欲を掻きたてた。
 新八が指で掻く姿を見るたび、銀時が舌をはわせたいと思った場所だったが、今はピンク色の点が残っているだけだ。
 銀時は無言でそこを見つめ、すぐに目をそらす。
 いったい新八の考え事とはなんなのだろう。ふと、こんなことが前にもあったことを思い出す。
 新八が猫耳の女に恋をしたとき。
 それを思い出すと、今日の新八の様子に思い当たる節がいくつも出てくる。こうして考え事をしながら歩く姿も、想い人のことを考えているからではないかと察した。
 とたんに、心がすうっと沈んでいくのを銀時は感じた。
 いや、まさか。
 昨日は何ともなかったのに。いきなり何があったというのだ。
 銀時はさらにはっとする。
 新八が自分をさけ、チラチラと視線を寄せてくるのは、自分に関係する女だからではないのか。
 心臓が重く大きく音を立て始めてる。
 銀時の頭中にメガネの忍者が浮かんだ。まさか! と血の気が引く。すぐに周りの気配を探るが、ストーカーの気配はない。
 ほっとするのもつかの間。新八がため息をつくのを聞き、銀時は新八が恋をしていることを確信した。
 いったい。いったい。相手は誰なのだ。
 猿飛の顔がしつこく浮かぶが、何度も振り払う。あのドMが新八とくっつくなど考えもつかないが、新八があれに恋したなど考えたくもなかった。
 ならば隻眼の九兵衛か。
 彼女の凛とした顔が浮かぶ。いつも男の格好をしている彼女だが、あの騒動の後は、よく家に妙を訪ねてきているようだし、性格もなかなか可愛いところがあると最近知った。
 ああっ、と銀時は頭を抱えた。
 九兵衛が相手だと、妙も背中を押すのではないか。新八の恋心を知ったら、喜んで取り持つに違いない。
 男の自分とは大違いだ。
 銀時はイライラと歯軋りをして、髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
 きのう、寝ている新八の指にキスをして喜んでいた自分がとても滑稽に思えてくる。あの時、本当は新八が起きていて、銀さん気持ち悪いなどと罵られることを想像し怯えていた自分を嘲笑する。
 寝ている相手でないと触れることも躊躇うような自分。女々しくて嫌になる。
 苦いものがこみ上げてきて、忌々しく空を見上げると、後ろから自転車が走ってくるのに気がついた。
「新八」
 腕を掴んで、新八を自分のほうに引き寄せる。突然のことだったせいか、新八の体は簡単に寄せられた。
 すいませーん、と気の抜けた声をかけて自転車の男が通り過ぎていく。
 新八は大きく目を見開き、信じられないというような顔で銀時を見上げていた。そんな新八に銀時も驚いて、二人はそのまま見つめあう。
 後になって思い出すと、ほんの数秒のことだったが、二人には長い時間に感じられた。
 先に動いたのは新八だった。
「はっ、はなっ……っ」
 新八が手を振り払う。
 銀時の顔に影がさす。
 新八が後ずさりする。そして、足をもつれさせた。
「あっ」
 後ろに倒れる浮遊感に新八が短い悲鳴を上げた。
 慌てて銀時が手を伸ばして引き寄せると、反動で新八の体は銀時の胸に落ちる。
 目の前に現れた髪から新八のにおいがして、銀時の胸がドキリとなると同時に、新八が慌てて身を離した。
「す……すいません。危なかった……」
 平静を装っているが、新八の耳は真っ赤になっていた。それに気づいて、銀時は胸がきゅうっとなった。思わず抱きしめたくなるのを抑える。
「……気をつけろよ。ここ落ちたら危ねーだろ」
 気持ちとは裏腹に、そっけない口ぶりになってしまう。
 あのまま倒れていたら、土手の坂を逆さまにすべって落ちていただろう。
 新八が胸に手を当てて、はあ、と息をつくのを見て、銀時は先ほどの恋のため息を思い出す。
「あ……あの、お前さぁ……」
 好きな奴のことで悩んでんの?
「……なんでもねぇ」
「え、なんですか」
「いや、別にいい」
 聞けるか!
 銀時は自分を叱咤してすたすたと先に歩き出した。