デジキャラット・シンフォニー 2
「まず、私たちがこのまま国道20号線を進み、塩山市で奴らを迎え撃ちます。でじこちゃんたちは長野から私のふるさと、長岡市へ進んでください」
「それだとさらに遠くならない?」
「塩山で私どもが原口派を引き付けている間にでじこちゃんは東京へ入るのです。長岡には私から話しておきます」
「小林知事も久弥さんのようにただものではないにょ」
「やはりお話しなければならないのか・・・」
そう言うと小林知事は一冊の本を取り出した。
「私の曽祖父は小林虎三郎といって、長岡藩の重臣だった。明治のはじめ、戊辰戦争で焼け野原となった長岡城下に、支藩の三根山藩(現在の新潟県西蒲原郡巻町)から見舞いとして百俵の米が贈られてきた。しかし、小林虎三郎は、この百俵の米を藩士に配分せず売却し、その代金を学校の資金に注ぎ込んだ。『この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。国がおこるのも、ほろびるのも、町が栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。この百俵の米をもとにして、学校をたてたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか。いや、米俵などでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日暮らしでは、新しい日本は生まれないぞ。お前たち、この旗を忘れたか!長岡藩の「常在戦場」の旗だ!』学校では、小林虎三郎の教育方針が貫かれ、生徒一人一人の才能をのばし、情操を高める教育がなされた。我が小林家ではその精神を受け継ぎ、私が長野県知事になってからは公共事業にあてる金を全て教育資金に回した。長野を教育の県にし、力を高めるために・・・」
次の日、小林知事は山梨方面へ向けて旅立った。小林知事の傍らには「常在戦場」の旗が立てられていた。
「ふふっ、いつも心は戦場にありだ」
「頭のいい人ほど危ないにゅ」
「ところで、作戦はあるのか?」
ここででじこは久弥からもらった「道の行く末」を取り出した。
「ここに原口を滅ぼす久弥さんの大作戦があるにょ」
やがて小林知事の一団は国道20号を経て、猿橋付近で止まった。目の前には原口側の人間がいたからである。
小林知事はそれを見ると手を出さずに相手から見えるようにして酒盛りを始めた。
「さて、しばらくここで宴会を始めるか」
小林知事は自ら率先して宴会を始め、みんなに大笑いさせながら何日も酒をあおり宴会を続けた。
作品名:デジキャラット・シンフォニー 2 作家名:細川智仁