末裔
「そうだな・・・失われた最後の記憶はあの祠で起こった出来事。おそらく悲しい結末が待っているだろう。母は誰かに殺されたのだ・・・おそらく神羅の仕業だろう。高い生命力と魔力を併せ持つ魔族の末裔がこの村にいることを何らかの形で知り、私を捕らえに来たのだ。そしてあの祠で・・しかし、それを思いださなければならない・・・すべてを」
「あなた・・・」
「カオスの目論見がだいたい見えてきた。私は魔族の末裔として少なからず村人の迫害を受けてきた。父親は殺され、母も・・カオスは私の記憶のすべてを呼び起こし、人間に対する恨みにつけこんで私の身体をのっとろうとしている。セフィロスの時のジェノバと同じようなものだ。だが、私は人間を一片たりとも恨んではいない。カオスにつけこませたりはしない。明日、私が幽閉されていた祠へ行く。すべてを思いだし、逆にカオスを追い出してやる。付いてきてくれるか?ルクレツィア」
「ええ、もちろんだわ、あなた」
彼女はようやく微笑んだ。
次の日の朝、ヴィンセントとルクレツィアはローレンツに丁重に礼を言うとセフィロスを連れて村のはずれの祠へと向かった。
その祠は針葉樹の林の奥にひっそりと入り口を開いていた。天然の洞窟を利用して作られた祠だった。
ヴィンセントは錆び付いた扉を開けて中へ入っていった。セフィロスを抱いたルクレツィアもおそるおそる中に入っていった。中は静寂に満ちていた。そして奥には石造りの祭壇があった。どこから入ってくるのかわからない日の光に照らされそこはほの明るい。
「ルクレツィア、お前はここで待っていろ」
「あなた」
不安げな表情でルクレツィアは彼を見つめた。
「大丈夫だ。心配するな」
彼は優しく微笑むと、そっとその祭壇に近づいた。
〜〜〜ダメよ、ヴィンセント。そこに近づいちゃダメ〜〜〜
彼に聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
しかし、彼は気にとめず祭壇の前に立った。
すると祭壇がまばゆい光を放った。
・・・この祭壇にはお前の封印された記憶を含め、過去の思念が封じられている。自分の目でしっかりと確かめるが良い・・・
カオスの声が響いて消えた。
「今こそすべての記憶を確かめてやろう、カオスよ。その時こそ、私の身体からお前を葬り去ってやる」
まず、声が聞こえてきた。男の声。
『あれは一族に災いをもたらす・・お前の過ちだ。お前の手で責任をとるのだ』
そして、母の声
『・・できません』
『あれは魔物だ。お前もあの魔力の凄まじさを見ただろう・・魔を討つべき我が一族に魔の血を入れる訳にはいかないのだ。これは掟だ。娘よ、お前は戦士だ。一族を守るのが定め・・お前のその手で・・この破魔の銃で・・討つのだ・・よいな』
『・・・わかりました・・』
なんなんだ?これは・・・
考える間もなくヴィンセントの目の前に映像が現れた。
一人の少年がひざをかかえて座っている。
彼の意識がそのままヴィンセントに流れ込んでくる。
暗くて寒い・・お母さん今日はもう来ないのかな・・
母からもらった銃を大切そうに撫でる。
ギイィ・・開くはずのない扉の開く音が聞こえた。
『誰?』
少年がつぶやいた。
その瞬間、銃声が響いた。
同時にヴィンセントの胸に熱い痛みが駆け抜けた。
少年の胸からは鮮血がほとばしった。
暗闇から一人の女性が現れた。
『お・か・あさん・・?』
少年の声が震えた。
表情の全くないシェリーが少年に歩み寄る。そして無機質な声が響いた。
『ヴィンセント、あなたを産んだのが私の罪。そしてその罪の償いはあなたを殺すこと』
彼女は銃を構えなおした。ゆっくりと撃鉄を起こす。
ダ、ダメだ!!
ヴィンセントは声にならない叫びを上げた。
『うああーーーーっ!!』
少年は叫び声と同時に持っていた銃のトリガーを引いた。
発砲の衝撃がヴィンセントの腕に伝わった。
「うわあああーーーっ!!」
次にヴィンセントの叫び声が響いた。
シェリーは胸を撃ち抜かれ、その場にゆっくりと倒れた。
少年の意識はヴィンセントのそれと同化し、頭の中が真っ白になったと思った瞬間、弾けた。
後には何も残らない暗闇が広がっていた。
ヴィンセントは膝をつき頭を抱え、動かなくなった。
そして、彼の頭に再びカオスの声が響いた。
・・・思い出したか?そうだ、お前はその手で自分の母親を殺したのだ、自分を愛せなかった母親をな。そして、さらにお前は自分の息子をも手にかけたのだ。それは思い出すまでもあるまい・・・新しく産まれた我が子に自分が手にかけた息子の名をつけて育てるとは・・・何をそれほど悲しむのだ。お前は当然のことをしたまでだ。お前の魔性の血、それがそうさせただけだ。悲しむ必要は何もない。思い出せ、殺戮の快感を、破壊の衝動を、そして我らが魔族の恨みを。お前はカオスなのだ、正当な魔族の継承者。お前は私。私たちは一緒になるのだ。そして、今こそ我らが積年の想いを果たす時。目覚めるのだ・・・・
「私は魔族」
・・・そうだ・・・
「私はカオス」
・・・さあ、一つになろう・・・
ルクレツィアには祭壇の映像は見えていなかった。
彼女は急に叫び声を上げた後、ぴくりとも動かなくなったヴィンセントに近寄ろうとした。
彼はおもむろに立ち上がり、振り向いた。その瞳はもはやヴィンセントのものではなくなっていた。澄んでいたルビーのような瞳はどす黒く澱んだ血の色に変わっていた。
「あ、あなた・・・」
ルクレツィアの表情が変わった。
「・・私はカオス・・・悠久の時を闇に封じられし我らが同胞を解放する・・・」
彼はつぶやいた。声もすでに彼のものではない。
そして彼の身体がおぼろげに光り、見る見るうちにカオスへと変わっていった。
「あなた・・・いやよ・・・」
ルクレツィアは目に涙をためて、声を震わした。
カオスはまるで彼女が視界に入っていないかのごとく、彼女の傍らを通り過ぎて外に出た。そして大きく息を吸い込むと紅い翼を広げ、空へ舞い上がった。
「いやああーーーっっ!!!」
ルクレツィアの叫び声も虚しくカオスは遙か彼方へと飛び去っていった。
後に残されたルクレツィアはその場にへたりこんで泣きじゃくっていた。
「あなた・・どうしてなの?大丈夫っていったじゃない。嘘つき」
「ママ・・・」
セフィロスがルクレツィアの袖を引っ張る。
「セフィロス・・・パパね、悪魔に連れていかれちゃったよ。ママ、どうすることも出来なかった・・・ごめんね」
ルクレツィアは強くセフィロスを抱きしめた。
それ以上、彼女は動くこともできなかった。