末裔
「ほほ、わしはもちろん村中の若者の憧れの対象じゃったよ、彼女はな。しかし、わしらの淡い恋心もあっという間に砕け散ったよ。ある日、村にやってきたアーネストという流れ者のハンターと彼女は恋に落ちたんじゃ。アーネストはわしらとは比べ物にならないほどの凄腕のハンターだった、シェリーをも凌ぐほどな。わしらは敗北を認めざるを得んかったよ。そしてやがて彼らの間に男の子が産まれた」
「その子がヴィンセントね」
「そうじゃ、それから彼らは至福の時を過ごしたが、幸せは長くは続かなかった。ヴィンセントがまだ三歳の時だった。ある日、村がダークウルフの群に襲われたのじゃ。通常、ダークウルフは群で行動しないのだが・・その日はなぜかおびただしい数のダークウルフが村を襲った。信じられんことじゃった。わしらは必死に抵抗したが、いくら倒しても押し寄せてくるダークウルフの前でどうしようもなかった。アーネストは村を守ろうと自分の身を盾にして最前線で闘った。ダークウルフは容赦なく彼に襲いかかり、彼に食らいついた。全身が血塗れになりながらも、彼は倒れることなく銃を撃ち、魔法を唱え続けた。恐ろしい生命力だった。そしてついに・・彼の姿が変わったのじゃ・・伝説の魔族・・悪魔の姿にな・・そこに現れた悪魔はあっという間にダークウルフの群を蹴散らしてしまったのじゃ・・すさまじい破壊力じゃったよ。魔族の末裔がいるという伝説は本当だったんじゃ。それからは村は大騒ぎじゃった。人の姿に戻ったアーネストはダークウルフとの戦闘で受けた傷が酷くて瀕死の状態だった。その彼を村の者は助けるどころか・・」
「まさか!」
ヴィンセントの顔色が変わる。
「そう、殺したんじゃ、ダークウルフの群は彼が呼び寄せたと濡れ衣を着せて・・彼は全く抵抗しなかったよ」
「非道いわ!彼は!村を助けたのに非道すぎる!」
ルクレツィアの目が赤くなった。
「仕方がない。魔族を忌み嫌うのはこの周辺の民の根強い習慣じゃったからの・・だからといって何も殺さなくても良かったんだがの・・わしは若すぎて止めることすらできんかった。今思うと悔しくて情けない。非道いのは魔族ではなくて人間の方じゃな・・。残されたシェリーとヴィンセントはそれから辛い日々を送ることになったんじゃ。そう、ヴィンセントはアーネストの子供じゃ。彼も魔族の血を引いているんじゃ。幸い族長の孫だったということだけが彼の命をこの世に繋ぎ止めていたのじゃ。しかし、村の者が彼らを見る目は限りなく冷たかった。殺意すらこもった侮蔑の視線を浴びながらシェリーとヴィンセントは寄り添うように過ごしていった」
ヴィンセントは記憶に甦った母の肖像を思い出していた。
「しかし、わしにはヴィンセントが忌まわしい血を引いているとはとても思えなかった。とてもいい子じゃった。あの子はまだ年端も行かない頃からけなげに母親を守ろうとしていた。彼自信も村の子供達にいじめられて時にはひどく殴られたりしたが、決して抵抗せずに必死に耐えていたよ。わしが見つけると悪ガキどもを追い払ったんだが・・その時悔しそうな顔で歯を食いしばってるヴィンセントがとても切なくて胸が痛かったもんじゃ。ところがある日事件が起きた。彼が十歳の時だった。いつものように彼は村の子供達に取り囲まれていて罵声を浴びせられていた」
同時にまたヴィンセントに記憶が甦る。
『やーい、呪われた子供』
『族長の孫だとかいってもな、みんな知ってるんだぜ』
『お前なんて人間じゃない』
「その中の1人の子供が彼の両親を汚い言葉で罵ったんじゃ・・」
『お前の親父は悪魔じゃねえかよ、お前の母親はなあ、その悪魔と・・・』
『母さんの悪口を言うなー!』
「一瞬の出来事じゃった。ヴィンセントの燃えるような視線がその子供を貫いた刹那、その子供は氷付けになった。彼は思わず冷気の魔法を使ってしまったのじゃ。子供とは思えないほどの恐ろしい魔力だった。それから村はまた大騒動じゃった。その晩、族長の家では村の者が集まった。ヴィンセントはわしから氷付けになった子供の死を聞かされ一晩中泣いていた。どんなにいじめられても決して涙を流すことのなかった彼が、殺すつもりはなかった、どうして死んでしまったんだとずっとずっと泣いていた。本当に優しい子じゃったんだ。辛かっただろうと思うよ。次の日、ヴィンセントはシェリーと引き離された。彼の魔力を恐れた村人は彼を村から少し離れた祠に幽閉することにしたのじゃ。可哀想なことじゃ。それからシェリーは毎日その祠へ出かけているようじゃった。祠の中へ入ることは許されなかったが、せめて扉越しにでも息子に会いたかったのじゃろう・・」
ヴィンセントは瞳を閉じた。
扉越しに母の声が聞こえる。
『ごめんね、私のヴィンセント・・私を許して』
『お母さん、僕は平気です。明日も来て下さいますか?僕、大人しくしていますから・・』
「彼が幽閉されてから数ヶ月たった頃だろうか・・ある日いつものようにシェリーは祠へと出かけていったが、なにやらいつもと様子が違っていた。しばらくして、村に見慣れない男達が押し掛けてきて族長の家に向かった。彼らはヴィンセントを訪ねてきたらしい。その居場所を族長から聞き出し、彼らは祠の方へ向かっていった。わしはなんだか嫌な予感がしていた。予感は的中したよ。その日、シェリーは戻ってこなかった。そして、数日後、その祠で彼女の変わり果てた姿が見つかった。そして血痕だけを残してヴィンセントの姿は消えていた。彼もとても生きていないと思う。悲しい結末じゃ」
「可哀想すぎるじゃない」
ルクレツィアは涙を流していた。
「わしにもう少し力があれば・・今頃悔やんでも仕方がないがな。何とかあの親子を救いたかったものじゃ。一人娘を失った族長のハーデスティは寝込んでしまい、そのまま帰らぬ人となった。それからはこの村はどんどん衰退していった。ばちがあたったんじゃろう・・」
ローレンツはしばらくうつむいていた。
「ランカートさん、一人でもあなたのような方がおられてシェリーとヴィンセントは幸せだったと思いますよ」
ヴィンセントは彼に穏やかに話しかけた。
「ありがとう、お前さんは優しいのう。お前さんを見れば見るほどあの子を思い出すよ。まさかな・・仮にあの子が生きていてもお前さんのように若くはないからな、ははは。さて、ヴィンセントの話はこれでおしまいじゃ。外は明るいが夜も更けてきた。そろそろわしも寝るとするかのう」
「ありがとうございました。ランカートさん、私たちも部屋に戻ります」
ヴィンセントはまだ泣き続けるルクレツィアの肩を抱いて部屋に戻った。
「あなた、可哀想だわ、あなたは人間だわ。お父さんだってちょっと違ってただけで人間だったのよ。ひどいわ、ひっく」
ルクレツィアの涙は止まらなかった。
「確かに辛いこともあったが、甦った記憶には優しい母の温もりに満ちあふれている。辛いばかりではない」
「で、でも・・・お母さんは・・・」