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末裔

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「ルクレツィアさん」
 ふいに声を掛けられ、驚いてルクレツィアは振り返った。
 彼女の前には1人の少女の姿があった。亜麻色の髪を大きな三つ編みにして下げている。緑色の大きな瞳が愛らしい。
 ルクレツィアは驚いて少女を見上げた。反射的にセフィロスをかばう。
「あ、よかった。私の姿見えるのね。声も聞こえる?怖がらないで、私はセトラ・・・古代種よ。精神体となって世界を見守っていたの。でもあなたたちに気付くのが遅れたわ。急いでヴィンセントを止めようと思ったけど、出来なかったの、ごめんなさいね」
「あなた・・・彼を知ってるの?」
「うん、少しね」
「お願い、教えて。彼はどうなってしまったの?これから何をしようとしているの?」
「わかったわ。その前に、魔族と私たちのことについてお話しさせてね。遠い昔に魔族と天使の戦いがあった。これは知ってるわね」
「ええ」
「カオスはこの地で石となった上級魔族の一人よ。魔族を封じた天使達の一部はそれを監視するために人の姿となって地上に残った。私たちセトラはその時の天使の血を引いているの。セトラは旅をしながら星を監視すると同時に封じられた魔族たちを監視することも大切な役割だった。石となった魔族達の封印を守るため、私たちの一部はそこに残って都を築いたわ。ところが、2000年前、ジェノバが落ちてきて、私たちを苦しめた。何とか、ジェノバを封じ込めたけど、魔族への封印の力が弱くなり、そのすきにカオスに残っていた怨念が増幅していった。カオスは時をかけてついに宝条と巡り会い、ヴィンセントに自らの細胞を植え付けさせようとした。宝条が彼に植え付けようとしたものはカオスの怨念のようなものなの」
「どうして、あの人が・・・彼がカオスだったから?」
「違うわよ、ルクレツィアさん、ヴィンセントはカオスなんかじゃない。カオスが彼の身体をのっとっただけ。ヴィンセントの強い意志に阻まれて思うように彼を操ることができなかったカオスは彼の封じ込められた記憶を呼び起こし、そのトラウマにつけこんだの。天使達は破れた魔族達を不憫に思い、彼らのうち一握りだけ、その中の邪悪な気を取り除いて地上に残したの。その末裔の一人が彼・・・ヴィンセントよ。彼には邪悪な心は残っていない。でも、魔族の血は継承されている。カオスにはそれが必要だったの」
「どうして?」
「カオスは魔界の入り口の封印を解こうとしている。それができるのは魔族の血を引く者のみ。精神体のカオスにはそれが出来なかった。そこで、躍起になって魔族の継承者を探していたの。そしてついに見つけた、それがヴィンセントなの。ウッドランドにあった古代種神殿、あそこが魔界の入り口。古代種神殿は魔界を封印する役割も担っていたんだけど、セフィロスによって古代種神殿は失われ、封印がとても弱くなっているわ。最近あの付近で出没するモンスターは弱くなった封印から漏れ出す低級の魔族達。カオスの思念に共鳴して出てくるのよ。カオスはヴィンセントの身体を操って、あの封印を完全に破ろうとしている・・・そうなったら、もっと強大な上級魔族達があふれ出し、この世は闇に包まれてしまう。魔をうち破ることのできるホーリーもメテオ騒動のために今は呼ぶことができないのに」
「そんな・・・そんなことって・・・私、どうしたらいいの・・・このままあの人が世界を滅ぼそうとするのを見ているだけなの?」
「ルクレツィアさん、一つだけ方法があるの」
「え?」
 少女はルクレツィアとセフィロスに手をかざした。
 ルクレツィアはふっと身体が浮き上がるのを感じたと思った瞬間、見慣れない場所に立っていた。
「ここは私たちの都、私についてきて」
 少女はとある大きな貝殻でできた家の中に入り、そこから下の方へ伸びている透き通った階段を下りていった。無限の静寂に満ちた空洞の中に祭壇があった。そこに一丁の銃が置かれていた。
「それは破魔の銃・・中には白マテリアの断片で出来た弾が込められているわ。その銃は魔を討つことができるの。それでカオスの心臓を撃てばカオスは消えるわ」
「え?それってあの人も一緒に?」
「・・・そうね、今の状態でカオスを撃てばヴィンセントも一緒に撃つことになるわね」
「そんなの・・・できないわ」
 ルクレツィアはうつむいた。
「そうよね、ルクレツィアさん。その前に彼とカオスを引き離さなければならないわ・・これは賭けになるし、あなたを危険に巻き込むことになるけどできるかしら?」
「もちろん、何でもやるわ」
 少女は微笑んでルクレツィアに一つの純白に輝く珠を渡した。
「これは?きれいな珠」
「それが白マテリア・・・私たちはその珠に願いを込めホーリーを呼ぶのよ。今は呼べないけどね。だけども、その珠は持つ者の想いを届ける力があるの・・・それを持ってカオスに閉じこめられたヴィンセントを呼んであげて。あなたの想いが彼に届き、彼の意志がカオスに勝てば、カオスは彼の身体から離れると思うの」
「私・・・やるわ」
「本当にいいのね、ルクレツィアさん・・・カオスはあなたを殺してしまうかもしれないのよ」
「構わないわ、私は平気だわ。それに私はあの人を信じています」
「セフィロスはどうする?」
「一緒に連れていきます。いざとなれば私が守ります」
「お強い方ね、ルクレツィアさん。ええ、大丈夫よ。きっと彼は戻ってくるわ、あなたの元へね。じゃ、時間がないわ。さ、早くその銃も取って」
ルクレツィアは白マテリアをポケットにしまい込み、祭壇の銃を取ると紐にかけて首からぶら下げた。そしてセフィロスを抱き上げた。
「準備はいいわ」
「じゃあこれからあなた方を古代神殿跡に転送するわ。しばらくするとカオスがやってくるわ。その珠に願いを込めるのよ。でも、どうしてもダメだったらその銃でカオスを撃って・・・」
「ええ・・・」
 少女はルクレツィアとセフィロスに手をかざした。


 再び彼女たちの周りの空気が変わったかと思うと、2人は鬱蒼とした森の中にいた。
「暑い・・・」
 ルクレツィアはコートやらセーターやらを脱ぎ捨て、セフィロスの上着も脱がせた。
 コートのポケットから白マテリアを取り出し、しっかり握ると辺りを見回した。
 すぐ近くに木々がとぎれている場所があった。彼女はそこへ近づいた。
 そこには大きな穴がぽっかりと空いていた。
 ルクレツィアは穴を覗き込んだ。
 底は見えず、限りなく暗黒に包まれていた。奥の方で、魔物の彷徨やうめき声のようなものがかすかに聞こえる。
「気味悪いわ・・・これが魔界への入り口なのかしら・・・」
 急に森の小鳥達のさえずり声が途切れた。と同時に穴の奥から轟音が聞こえ、稲妻のようなものが走りだした。まるで穴が何かに共鳴しているかのように。
 辺りが暗くなった。何かがやってくる。
 ただならぬ雰囲気にルクレツィアは振り返った。
「来た?」
 ルクレツィアから少し離れた所に何かが降り立った、カオスだ。
 周囲の物をすべて溶かしてしまいそうなほどのとてつもない邪悪な気をまとって、ルクレツィアの方へ向かってゆっくり歩きだした。
 ルクレツィアは全身ががくがく震えた。この前、夫が変態した時に見たカオスよりもさらに凶悪で残虐な雰囲気に圧倒された。
作品名:末裔 作家名:絢翔