末裔
怖くない・・怖くない・・あれはあの人なのよ。
彼女は必死に自分に言い聞かせ、しゃがんでセフィロスを抱き寄せると白マテリアを握り締めた。そして目を閉じて祈った。
(あなた、帰ってきて!)
何の変化が起こることもなくカオスはどんどん彼女に近づいてくる。
彼女は胸元の銃に目が行った。
(あなたを撃つことなんてできない。あなたを撃つくらいなら、世界が滅んでしまっても構わないわ。私って馬鹿ね・・・)
彼女にはもう祈ることしか出来なかった。
カオスが彼女たちの目と鼻の先にまでやってきた。
セフィロスはじっとカオスを見つめていた。碧の瞳に悪魔の影が映る。
ルクレツィアはたまらなくなった。
「ごめんね、セフィロス。せっかく私の所に戻ってきてくれたのに、またこんなことになっちゃったね」
彼女はセフィロスが泣き出してしまうとばかり思っていた。
今、セフィロスが泣き出してしまえば自分も逃げ出したくなりそうで怖かった。
セフィロスを抱く腕が振えた。
「パパー!」
セフィロスが叫んだ。
「セフィロス!?」
「パパー!」
もう一度その子は叫んだ。その瞳はまっすぐカオスをとらえたまま、まるでそこに父親がいるのをわかっているかのように。
「そう!そうよ、パパはあそこにいるのよ。お願いセフィロス、彼を呼んであげて」
あふれ出しそうな涙をこらえてルクレツィアは目を閉じ再び白マテリアを握り締めた。
(あなた、セフィロスも呼んでいるのよ・・・帰ってきてあげて・・・)
カオスはルクレツィアたちのすぐそばで立ち止まり、彼女に手を伸ばし、その肩をつかんだ。ルクレツィアは目を閉じたまま身動き一つせず祈り続けた。
その時、白マテリアが淡い緑色の光を発した。そしてその光はカオスを包みこんだ。
(暗い、ここはどこだろう)
暗くて深い闇の中にヴィンセントはいた。
見えない鎖でがんじがらめにされたかのように動くことができない。
(そうか、私はカオスになってしまったのか・・・)
(いや、初めから私はカオスだったのか・・・)
だんだんと彼の意識は薄れていく。
(この意識が無くなった時こそ本当にカオスと一体化するのだろう・・・)
−ヴィンセント、しっかりしなさい−
ふいに声がし、彼の目の前に淡い緑色の光が射した。
そして、そこには1人の女性が立っていた。
真っ直ぐに下ろされた長い栗色の髪、碧色の瞳
「母さん・・・」
−こんなところで何をやっているの、ヴィンセント・・これを見なさい・・−
彼女の指した方向に祈り続ける女性と彼女に抱かれじっとこちらをみつめる男の子が映し出された。
「帰ってきて、あなた・・・」
祈りの声が響く。
「ルクレツィア・・セフィロス・・」
目の前の女性が静かに話した。
「私はあなたを最後まで愛してあげることができなかった。だから、死んで当然だったの。だけどもあなたは違う。セフィロスを愛せなかったから殺そうとしたんじゃない。ライフストリームに帰してあげたかったんでしょ?愛するが故に・・よく思い出して」
ヴィンセントは再びセフィロスのまっすぐな瞳を見つめた。
その時、その瞳が語りかけてきた。澄んだ少年の声で。
・・・お父さん、僕だよ、セフィロスだよ。僕ね、ジェノバに捕まって苦しかった。でもお父さんのおかげでライフストリームに還ることができたんだ。だからこうして再びお父さんにも会えたんだよ。だのにどうして?ねえ、お父さん、どこにも行かないで。お願い、僕の所に帰ってきて・・・
「セフィロス!!」
−−−行かなければ!
ヴィンセントは自分を縛り付けている鎖を断ち切った。
傍らの女性が1点を指さした。その先に光が見える。
「あそこにあなたの愛すべき人がいる。あなたの守るべき人がいる。私の二の舞にはならないで・・・行きなさい、ヴィンセント」
「母さん・・私を愛せなかったというのは嘘だね。だから私を撃ったとき心臓を外した」
「ありがとう・・・ヴィンセント、さあ、早く行きなさい」
彼女は穏やかに微笑んだ。
彼は頷くと見えない翼を広げその光へ向かって飛び立った。
まっすぐまっすぐ光に向かって全力で突き進んだ。
−−−ルクレツィア!!セフィロス!!
ルクレッツィアの肩に手をかけていたカオスの動きが急に止まったかと思うと、彼は急に頭を抱えて苦しみだした。
−−−出て行け!カオス!!!
ルクレツィアはもがき苦しむカオスを固唾を飲んで見守った。
二つの意志が一つの身体の中で激しくぶつかり合い、せめぎ合う。
カオスは翼をばたつかせ、四つん這いになり爪は地面をえぐった。
「あなた!」
ルクレツィアは叫んだ。
その叫びに呼応したかのようにカオスの身体のあちこちから幾筋もの光があふれ、あっという間にカオスを飲み込んだ。光は二つに分かれた。一つはカオスの姿を成して空中に漂った。そして地上に残された光の中からヴィンセントが現れた。
「あなた!」
ルクレツィアが駆け寄った。
「ルクレツィア、もう大丈夫だ」
ヴィンセントは彼女の両肩をつかんで頷いた。
「く!あと一歩のところであったのに」
空中に浮かぶカオスの幻影が毒付いた。
「あなた、これを・・・これであいつの心臓を撃ち抜いて!」
彼女は胸元に下げていた破魔の銃を彼に渡した。
ヴィンセントはその銃口をカオスに向けた。
「ふふふ、それで私を撃つ気なのか。一度私とお前は完全に同化した。私が消えれば、お前も消えるのだ。それでもよければ撃つことだ」
カオスは不敵な笑みを浮かべた。
ルクレツィアは驚いたようにヴィンセントの腕をつかんだ。
「さあ、どうする?」
カオスは勝ち誇ったように微笑む。
ヴィンセントは表情一つ変えずに、左手でそっと彼女の手を剥がし、その手をそっと握った。
そして彼はカオスに向かって言い放った。
「よかろう・・・お前と共に地獄へつきあってやろう」
「や、やめろ!」
カオスの叫びと同時に銃声が轟いた。
白い軌跡を残した銃弾はカオスの心臓を正確に貫いた。
ごぐぅあああああああーーーーーっ!
おどろおどろしい断末魔を残してカオスの幻影はバラバラに千切れて四方に拡散し、消えた。
森に小鳥達のさえずりが戻ってきた。
ヴィンセントは・・・・・・・・・・
消えていなかった。
彼が振り仰いだ空に母の笑みが浮かび、やがてそれは淡い緑色の光となって空の彼方へと消えた。
彼はその光を見送った後、ルクレツィアを振り返った。
「どうやら、あいつの言ったことはこけおどしのようだったな」
「あなた!」
彼女は思いっきり彼の胸にとびこんだ。
「消えたのはカオスだけだ・・私の中のカオス細胞も死滅したようだ。お前は見事に約束を果たしてくれたのだ」
彼の褐色に戻った瞳が優しく輝いた。
「うん、嬉しいわ、私。元に戻ったのよね、あなた」
「ああ」
傍らにきょとんと2人を見つめているセフィロスがいた。
「そうだ、お前を忘れていたな・・」
ヴィンセントはしゃがんでの彼の頭を撫でた。
「よくやったな、セフィロス」
「パパ、パパ」
セフィロスは嬉しそうにヴィンセントにしがみついた。
その時、ふいに声がした。