末裔
それから、ミディールには不穏な噂が伝わってきた。
黒紫色の肌を持つモンスターがミディールだけではなくウッドランドエリア、ゴンガガエリア、ジュノンエリアにまで出没すると言うものだ。
その噂はヴィンセント達の元にも伝わってきた。
「どうやら、ウッドランドを中心に出現しているようだな。あそこには古代種神殿跡しかないんだがな・・・」
「怖いわ・・・」
「一度調査する必要があるかもな・・・これからは決してお前1人で外に出るんじゃないぞ」
「ええわかったわ。ところであなた、カオス細胞抑制剤、この前の薬を少し改良したんだけど・・・試しに打ってみる?」
「ああ、頼む」
彼女は研究室から1つのアンプルと注射器を持ってくると、彼の左腕にアンプルの中身を打った。
これまでだったら、身体の中の違和感が無くなるはずなのだが・・・
・・・いい加減に無駄なことは止めろ、そんなもので私を消去できると思うのか!・・・
あの夢の声が彼の頭の中に響いた。
(お前は!)
突然身体の中の別の生命体が興奮し始めた。彼の意思とは無関係に。
このままではカオスに変態してしまう。
(鎮まれ!)
彼はその場にうずくまり全神経を集中してカオスを鎮めようとした。
・・・さあ、私になるのだ・・・
(黙れ!誰がこんなところで!)
全身が激しく痙攣する。
「あなた!」
驚いたルクレツィアは急いで研究室に駆け込み、鎮静剤を持ってくるとすぐさま彼の腕にそれを注入した。
彼はうずくまったまま、しばらくの間必死で耐えていた。
・・・くっ、やはりお前がその気にならなければ無理か・・・
ようやく、身体の興奮が治まってきた。
何とか変態せずに済んだようだ。
彼は息を弾ませながら目を閉じた。
「あなた、ごめんなさい。無理に抑えようとしたから逆に活性化したのかも知れないわ。まさか、リバウンドだけが来るなんて」
「・・・大丈夫だ。もう治まった」
「ごめんなさい、今までこんなことなかったのに・・・やっぱり安易な投薬は危険だったよね。正直言ってもう手詰まりかもしれないの・・・悔しい」
彼女は目を赤くして唇を噛んだ。
「ルクレツィア、もう構わない。お前は十分やってくれた。無理なら無理でもいいではないか。大丈夫だ、このままの状態でも。カオスには決して変態しない、約束するから」
「あなた・・」
彼女は彼にしがみついた。
ヴィンセントは彼女の頭を優しく撫でた。
それから、ヴィンセントの夢は相変わらず毎夜のように続いていたが、モンスターの方は特に出現することもなく、ミディールには一見穏やかな日々が数ヶ月続いた。
モンスターの出没が噂に流れてからしばらくの間はルクレツィアも外出を控えていたが、モンスター騒動も治まってきたと思い、ここ数日間は牧場の裏手、チョコボ用の野菜畑の手入れを再会していた。
その日も傍らでセフィロスを遊ばせておいて、彼女は畑の草むしりに勤しんでいた。
ヴィンセントは表の牧場の方でチョコボたちにブラシをかけていた。
かがみ込んで一所懸命に草をむしっているルクレツィアの前方に黒いものが立ちはだかった。
彼女は顔を上げた。
「きゃあーーーーーっ!」
ルクレツィアの悲鳴を聞いたヴィンセントはすぐさま家の裏側にまわった。
女の目の前にいたのはー!
「あれは・・・まるで・・」
そこには翼の生えたおどろおどろしい黒紫色の悪魔のようなモンスターが浮遊していた。
「カオス?」
その形状はカオスとそっくりであった。カオスと異なるのは翼の色が黒紫色であることぐらいか。
ヴィンセントは腰のホルスターから拳銃を抜き、モンスターめがけて撃ちはなった。
弾は翼や胴に命中した。モンスターがひるんだ隙に彼はルクレツィアの元へ駆け寄り、彼女を後ろ手にかばった。
「セフィロスを連れて逃げるんだ、ルクレツィア」
彼女はそばにいたセフィロスを抱きかかえて、走り出した。
モンスターがヴィンセントに向き直った。
今度は狙いをつけて撃つ。心臓に命中した。モンスターはまだ倒れない。
「こいつ、不死身か?」
モンスターの爪が彼を襲う。
ヴィンセントは寸でのところで攻撃をかわし、至近距離からモンスターの頭に数発撃ち込んだ。
モンスターはようやく倒れた。
ヴィンセントの足下に不意に影が出来た。
彼が上を向くと同時に同じようなモンスターが彼に覆い被さった。
「くっ」
彼はモンスターの腹を数発撃ち抜いた。
一瞬たじろいだモンスターから彼は一歩下がり、その頭を狙う。
カチッ・・
(弾切れか!)
彼は拳銃を投げ捨てると、すぐさまモンスターの後ろに回り、首に左腕を回す。
右手でモンスターの頭を抑え、両腕に力を込める。
ぐきっ
鈍い音がして、モンスターの首が折れた。
ヴィンセントが力を緩めるとモンスターが崩れ落ちた。
ほっとした表情で彼はルクレツィアの方へ歩み寄ろうとした。その時、彼の後ろに黒い影が降り立った。
「あなたっ!後ろ!」
ヴィンセントが振り返ると同時に左脇腹に激痛が走った。
「まだいたのか!」
ヴィンセントの左脇腹には新手のモンスターの爪が深々と突き立っている。
「あなた!」
青くなったルクレツィアが駆け寄ろうとする。
「来るな!ルクレツィア、逃げろ!」
彼は声を振り絞って叫んだ。
彼の頭の中に例の声が響いた。
・・・私を呼べ・・・
(まさか、カオスか?誰が貴様なんかを・・)
今度はモンスターが口を開いた。
「さあ、カオスを呼べ、カオスになるんだ」
(何!こいつ話すことができるのか?それに・・なぜこいつが?)
モンスターは脇腹に突き立てた手に力を入れる。
さらに深く爪が食い込む。
苦痛に顔を歪めながらもヴィンセントは抵抗した。
(死んでもカオスになるものか)
・・そうか・・それならばこれではどうだ?・・
頭の中の声が響くと目の前のモンスターがヴィンセントから爪を引き抜き、翼を広げるとルクレツィアの元へ飛び寄った。
血の滴り落ちる脇腹を押さえ、ヴィンセントは彼女の元へ駆け寄ろうとするが身体に力が入らない。彼は必死で叫んだ。
「やめろっ」
モンスターは彼女の上で血塗れの鋭い爪を振り上げた。
「やめろーーーっ!!」
絶叫と同時にヴィンセントは凄まじい気を放出して、悪魔の姿に変わった。
そしてルクレツィアに襲いかかろうとしていた悪魔を瞬時に切り裂き、魔法で消し去った。
凄惨な光景を間近で見てしまったルクレツィアは気を失ってしまった。
モンスターを葬り去った後、カオスは再びヴィンセントの姿に戻りその場に崩れ落ちた。
異様な雰囲気に飲まれたセフィロスはわけもわからずそばで泣きわめくだけだった。