末裔
アイシクル地方は今季節でいえば夏に当たるが、年中雪が消えることのないこの地方では一面に広がる針葉樹林が真っ白な綿帽子をかぶっている。それでも、夏は好天日が多く、一日中太陽が沈まないため、格好のレジャーシーズンとなる。アイシクルで最も大きな街、アイシクルロッジはスキー客や観光客で賑わっていた。
初めて雪を見たセフィロスはきゃっきゃっと雪と戯れ、すでに雪まみれになっている。
「うふふ、まだこんな小さいのにやっぱり子供は雪が好きなのね。あなた、ここなかなか楽しい所じゃない」
「そうだな。では、お前はセフィロスの面倒を見ておいてくれ。私は何か情報がないか酒場へ行ってみる」
ヴィンセントはとある酒場に入り、多くの観光客と思われる人々で賑わっている中で、カウンターに地元の男と思われる2人を見つけ、その隣に座った。
グラスを傾けながら、彼は隣の男達の会話に聞き入った。
「また、ファンタムでダークウルフが出たそうだぞ」
「ひぇ、怖えーな。まさか、このロッジまでは来ねえだろうけど。街の周辺警備も強化されてるしな」
「ま、今時ファンタムなどに住もうと思う奴はいないしな」
「どうせ、あそこも年寄りばかりでそのうち消え去るだろうよ」
「あとは質の悪い狼どもの住みかになるってわけか」
ヴィンセントは男達の会話に割って入った。
「すまない、アイシクルファンタムへはどのようにしたら行けるのだ?」
「おや、こりゃまた、どこから来た兄ちゃんか知らんが、ファンタムなぞに行く気かい?」
もう一人の男も言った。
「一体何しに行く気だい。あそこには何にもないぜ。楽しむのならここで十分だぜ」
「どうしても行きたいのだ。教えてくれないか?」
「なんと物好きな奴もいるもんだ。あそこへは雪ぞりを滑らして行くしかないぜ。丸1日くらいかかるぜ。ま、夏は天候も安定しているから行けないことはないが・・それよりも今は止めといた方がいい。最近あそこにはダークウルフが出てくる」
「ダークウルフとは何だ?」
「ま、狼なんだけど、ちょっと普通の狼とは違って、恐ろしいほど生命力が高いんだな。何発銃弾を浴びせても倒れず、執拗に襲いかかってくる。奴を倒すには頭を撃ち抜くしかない。毛並みの色はおどろおどろしいし、悪魔の狼ってとこだ。昔はハンターが退治してくれたがな」
「ファンタムの場所を教えて欲しい」
「おいおい、これだけ忠告してやってるのにまだ行く気か?」
「魔族のことを調べている」
「ほ、なるほど。そりゃ、やはりファンタムだな。今となってはそういうお伽話はあそこに住んでる連中しか知らんだろうからな、にしてもほんとにあんた変わってるな。ま、いいや、教えるだけは教えるが・・気をつけて行くこった」
ヴィンセントはファンタムまでの地図を手に入れると酒場を出た。
宿屋の裏手でセフィロスと雪遊びをしていたルクレツィアが振り返った。
「あなた、何かわかった?」
「ああ、アイシクルファンタムまでの道のりがわかった」
「じゃあ、早速行きましょう」
「お前達はここに残れ。あそこは危険だ」
「もう、またそんなこと言う。私は最後まで見届けるの」
ルクレツィアが言い出したら聞かないのを知っているヴィンセントはそれ以上彼女を止めなかった。
「わかった・・セフィロスだけは目を離すなよ」
「了解!」
その日彼らはその街に投宿し、次の日の早朝、宿で借りた雪ぞりでアイシクルロッジを発った。
太陽の光が一面の銀世界に降り注ぎ、眩しいほどに辺りは輝いていた。
両側に針葉樹林を見渡せる大雪原を二匹の真っ白な雪チョコボに引かれ、そりはぐんぐん進んでいった。
この目の前に広がる風景にヴィンセントは懐かしさを感じていた。
(そう、ここが私の故郷なのか・・)
その時、彼の頭にまた例の声が聞こえた。
・・・くくく、思い出すがよい。己の過去を・・・
(思い出してやろう、カオスよ)
彼は果てしなく広がる雪原の彼方の白い地平線をじっと見つめた。
夕刻になっていたが、太陽は相変わらず高い位置にあった。
「ルクレツィア、大丈夫か?疲れただろう。もうすぐアイシクルファンタムだと思うのだが」
「うん、大丈夫よ。ようやく着きますよ、セフィロス。おとなしくしてて偉い子でしたねえ」
彼女は寝起きで機嫌の悪そうなセフィロスを懸命にあやしていた。
ガーン!!
ふいに銃声がした。それほど遠くはない。
ヴィンセントはすぐに銃声のした方向にそりを向けた。
しばらく走るとちょうど黒紫色の毛並みの狼がライフルを持った男に襲いかかろうとしているのが見えた。
(あれが、ダークウルフなのか?)
ヴィンセントは懐から拳銃を引き抜くとすぐさま狼の頭部に狙いをつけて撃った。一撃で頭を撃ち抜き、狼を倒した。
ライフルを持っている男に近づきよく見ると、彼は6,70歳の老人だった。フードから少しだけ白髪が覗いている。
「おお、ありがとう。いい腕だな、お前さんは」
「いいえ、どういたしまして。これはもしかしてダークウルフですか?どうしてまたこんな危険なところにいたのですか?」
「ははは、天気もいいしちょっと狩りでもをと思ったのだが・・また、出てきやがったな。ダークウルフは苦手じゃ。いや、本当にお前さんのおかげで助かったよ。私はローレンツ・ランカート。お前さんの名前を教えていただけないだろうか」
「私はヴィンセント・ヴァレンタインです」
その老人の顔が硬直した。そして、独り言のようにつぶやいた。
「ヴィンセント・ヴァレンタイン・・ふふ、まさかな]
「あの・・・」
「おお、いやいや、ちょっと私の知っていた男の子と同姓同名なんで驚いておっただけだ」
「その知り合いってアイシクルファンタムに住んでいたのですか?あの、アイシクルファンタムはこの辺ではないのでしょうか?」
「ほう、お前さん達、ファンタムに来るつもりだったんか。それに奥方とお子さんまで連れてはるばるこんな辺境へ、ご苦労なことですな。わしはファンタムに住んでおる。もうすぐそこだ。付いてくるといい」
ローレンツの後をしばらく付いていくうちに一行は一つの村に到着した。
「ここがファンタムじゃ」
そりを止めたローレンツが尋ねた。
「ところで、お前さん達、ここへは一体何の用かね?ここには宿屋もないぞ」
ヴィンセントは咄嗟に取り繕った。
「実は私は世界各地に伝わる伝説について研究しております。この地方には魔族に関する伝説が伝わっていると存じています」
「ほほう、学者さんか。魔族のことならわしも多少知っている。どうせ、滞在するあてもないじゃろう。うちに泊まっていくといい。お前さんは命の恩人だしな」
「ありがとうございます」
ローレンツに連れられて、村の中をヴィンセント達は歩いていた。以前は結構大きな集落だったと推定されるが、今は荒んだ廃屋があちこちに見られ、ひっそりとしている。
「この付近にはダークウルフを初めとして他にもモンスターがよく出没する。この村の一族はそういうモンスターどもを討つハンターを生業としておって、昔は賑わっていたのじゃがな・・若い者はみんなもう出ていきおって。ここももう年寄りばかりじゃ」