【テニプリ】ヒカリノサキ
バーカウンターの奥に、目立つ長身を見つけ、不二は歩み寄る。不二に気づいて、男はノートPCから顔を上げ、軽く手を上げた。
「久しぶり」
「ああ。仕事の方は順調か?」
「まあまあかな。乾は?」
「…俺か?…失業中なのは知ってるだろう?」
そう言って、乾貞治は苦笑し、不二を見上げた。
「…あ、そっか。手塚、引退しちゃったからね」
「ま、そう言うこと」
スツールに腰を下ろした不二を見やり、乾はパソコンを閉じる。不二と顔を会わせるのは先日のウィンブルドン以来だ。
「仕事探してるの?」
「…ま、色々と声は掛けられてるけど。決めかねてるって感じだな」
「…そっか。……今だから言うけど、乾が高校中退して渡米するなんて、意外だったよ」
「それは、俺も意外だったよ」
「何で?」
「自分の未来設計図にはない行動だったからな」
手塚を追うように高校を中退して、渡米した。一年、言葉の壁に苦しみながら猛勉強し、スポーツ医学分野では最高峰と言われる大学に進んだ。…それは少しでも、テニスをする手塚のそばにいたいと、役に立ちたいと思ったからだ。実際、手塚のマネージャーとして一緒にいた期間は一年にも満たなかったが、濃密な充実した時間を過ごせたことに後悔はない。
「乾は相変わらず面白いなぁ」
不二は微笑むと頬杖をついた。
「…まさか、乾とお酒を飲みに行くようになるなんて、あの頃は想像もしなかったよ」
「…そうだな。…お前との付き合いも十年ちょっとになるな」
「そんなになるのか。…何か、年取ったって実感湧かないんだよね」
「確かにな。あの頃の延長にまだ立ってるような気がするしな」
「それは、僕もだよ。…見切りをつけるのは、諦めるのは得意な筈なのに、未だに、手塚のことを諦めることも出来なくて引きずってるしね」
バーテンダーがコースターの上にグラスを置いて…ひんやりと水滴を滑らせるグラスに不二は指を滑らせた。
「…諦めが悪いのはお互い様だな」
「…そうだね。…でも、こういうの嫌いじゃないんだよね」
「ほう?」
作品名:【テニプリ】ヒカリノサキ 作家名:冬故