【テニプリ】ヒカリノサキ
「それが知りたいんだよね。僕もさ。…ところで手塚はまだドイツにいる訳?」
「いや。一週間前に帰国したよ」
「じゃ、日本にいるんだ?」
「あぁ」
「実家に戻ってるの?」
「…いや。跡部のところだと思う」
「跡部?」
「部屋を探してもらうと言っていたからな」
「部屋? 」
「復学すると言ってたが」
乾は数ヶ月前の手塚のどこか肩の荷が下りたような顔で、引退の二文字を口にした手塚を思い出した。
欧州ツアー序盤…次のトーナメントまでの調整を兼ねた休養中、滞在先のフランスのペントハウスで協会から届いた今年の全英のトーナメント表に目を落としていた手塚は僅かに口端を緩ませた。
「どうした?」
いつもは無表情に近い手塚の表情は以前に比べれば喜怒哀楽解りやすくなったが、それは長年一緒にいないと解らない。その小さな微笑に気づいた乾が対戦相手のデータをまとめていた手を止め、パソコンから顔を上げた。
「リョーマの名前がある」
全英のトーナメントに名前が載るのはランキング128位まで。その128人の中にリョーマの名前があった。
「…流石だな。まだ、二年も経ってないだろう」
リョーマが渡米したのは手塚が渡欧してから遅れること二年…。渡米してからのリョーマは過去の実績もあってか、半年後にはプロへと転向し、稀代の新鋭として注目を集めつつあった。
「あぁ。そうだな」
頷いた手塚に浮かぶ柔らかな微笑に乾は目を細めた。
「おい、手塚、トーナメント表見たか?」
ノックもなしにドアを開いたのはこのペントハウスの提供者の跡部。跡部の手には手塚の手中にもあるトーナメント表が握られていた。
「今、見たところだ」
「そうか。それにしても、越前もやるじゃねぇのよ。予選を順当に上がってくれば、お前と当たりそうだな」
「…当たるとしたら、決勝だな」
「アイツのことだ。そこまで上がって来るかもしれないぜ」
対極にある名前。手塚はシードに入っている。予選から勝ち上がって来なければならないリョーマの遙か高みに手塚はいる。本来なら不可能と思える奇跡のカードを期待してしまうのは、それが『越前リョーマ』だからだ。
「…上がってくるだろう。この前の電話で、近いうちに絶対に追い付くと自信満々に言っていたからな」
手塚はそう言うとランキング表を伏せた。一度、目蓋を閉じ、吐息した手塚の口元に微笑はなかった。
作品名:【テニプリ】ヒカリノサキ 作家名:冬故