多様性恋愛嗜好
人気の失せた道を二人並んで歩いて下校する。あんなことがあったのが嘘のように古泉の様子は変わらない。いや、そうでもないか。若干嬉しそうな顔をしている。だがそれだけだ。照れだとか気まずさだとか悲しみだとかは一切感じ取れない。元々ポーカーフェイスが得意な男ではあるが。
しかし古泉がどう考えていようとも俺は気まずい。俺はこの男に告白されて、それを断った。振った相手と何故に仲良く並んで下校せにゃならんのか。古泉は色々好き勝手言ってたが俺から見れば古泉は振った相手、なのだ。少しは気を遣え。いや、本来なら俺が気を遣うべきなのか? だがこの能天気な笑顔を見てるととてもじゃないが気を遣うなんて無理だ。そもそも一緒に下校しようと押し通してきたのは古泉の方だしな。俺は嫌だったんだ。一人で帰ると断固主張したのだが結局押し負けた。
早く時間が過ぎないかと押し黙って歩いていると唐突に左手が少しひんやりとした柔らかな感触に包まれる。慌てて左を見ると己の左手が横から伸びる右手に握られていた。犯人は一人しかいない。俺の左横で爽やかな笑顔を振りまいているこの男だ。
ぎょっとして慌てて振り払おうとしたががっちりと手を捕まれていて上手くいかない。
「なんの真似だ。離せ」
「いやぁ、夢だったんですよね。好きな人と手を繋いで下校するって」
自分に出せる最大限の低い声で解放を訴えても古泉は動じやしない。大体これは手を繋いでじゃなくて、無理やり握って、だろ。浮かれた声でアホなことを言いやがるこいつの花の咲いた頭を力の限りぶん殴ってやりたかったが、あいにくとそれをするために必要な手はその浮かれ男に捕らえられていた。
「お前に手なんか握られても俺は気色悪いだけだ。第一、誰かに見られたらどうする気だ」
「あはは。男子高校生が手を繋いで歩いてたところでそれを注視する人も邪推する人もそうはいません。よしんばいたとして、本気で僕らが恋仲だなんて思う人はいませんよ。知り合いに会ったらその時は罰ゲームとでも言っておけばそれ以上突っ込んで聞かれることもないでしょう」
相も変わらず古泉は俺の意見など聞く気はこれっぽっちもないらしい。振られた相手によくもまあそんなことが出来るなと一言言ってやろうかとも思ったが、その話題を蒸し返す気にはどうしてもならなかった。そしてあらん限りの罵声を浴びせかけたところでこいつは手を離すどころか笑顔を崩すことすらしないだろう。ハルヒと出会ってからこういった手合いに対しては諦めるということが大切なのだと学習している俺は最後の抵抗としてしかめっ面を維持しながら口を閉ざすことにした。