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ドリーム・パーク/1~オープン戦編~

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プレイボール



 旅行会社のキャンペーンで当選したとかいう若い男が始球式を終え、ストローハッツの面々が続々とグラウンドに飛び出す。無駄に広い球場だが、外野のルフィとエースは全力疾走で飛び出していったので内野陣よりも早くポジションについた。
 1番センター、ルフィ。
 2番ショート、サンジ。
 3番ライト、エース。
 4番サード、フランキー。
 5番ファースト、ゾロ。
 6番セカンド、レイリー。
 7番レフト、ドルトン。
 8番キャッチャー、ウソップ。
 9番ピッチャー、キッド。
 事実上の開幕スタメンメンバーである。この9人の中で、昨年度から1軍にいたのはフランキー、レイリー、ドルトン、それに他チームを含めるならエースくらいか。

「サンジ君」
 わざと逸らして投げた球をなんでもないように捕ったサンジを見て、二塁手、レイリーはうっすらと微笑んだ。
 長打至上主義の前監督のもとでは冷遇されていたこの若い選手を、実は誰よりも買っていたのは他ならぬレイリーだ。新監督就任の折、ストローハッツいちの古参として意見を求められ、彼が真っ先に推したのはそれまで1軍と2軍を行き来しながらほとんどスタメンとして起用されることのなかったサンジだった。
 レイリーは、サンジに自分と似たものを感じている。
 レイリーは主力不足の現在でこそスタメンに起用されてはいるが、昨年までは代打、しかもバント要員としての代打としてベンチに座っていることがほとんどだった。サンジの例とは異なり、今年45歳という年齢を考えればこれは妥当な人事だろう。もっとも、前監督が実績とファンからの人気ははあるがチーム方針からはずれるレイリーをもてあましているのは感じていたが……。
 今でこそバントの巧みさをもてはやされるレイリーだが、若手時代は目立つ長打こそないがヒットを量産する打撃を、鉄壁のショート守備に次ぐ第二の武器としていた。目立たないが実は打点記録でリーグ3位につけたこともある。バント要員に転向したのは、内野手の頭を越えるほどの力が無くなったためだ。
 そのレイリーの若手時代と、現在のサンジのプレースタイルはよく似ている。スタメン起用がほとんどなかったためあまり知られてはいないものの、ヒッティング時のサンジの打率は3割を軽く超える。また、細い身体からはあまり想像がつかないが、ホームランこそないものの、外野へ飛ばす力は充分だ。足もある。そして何より、守備が巧い。
 オープン戦が始まって以来負け続きのストローハッツだが、実は大差をつけられて負けたことはほとんどない。首脳陣すら自覚している投手不足から考えれば、矛盾した結果だ。
 その秘密が、サンジを中心とした内野守備にあると、レイリーは考えている。
 うぬぼれを抜きにしても、レイリーは守備の名手である。三塁手のフランキーも、いかにも4番打者といった外見からはあまり想像がつかないが守備はかなり巧いほうだ。そして、レイリーの全盛期に勝るとも劣らないサンジ。
 正確なデータを取ったわけではないが、内野守備がこの体制になってから、二遊間、三遊間を抜けるヒットは確実に減った。また、ライトにはなぜかボワイトベアーズから移籍してきた、攻守兼ね備える左腕の名手、エースがいる。ライトのドルトンも、特筆できるほどではないが今季キャンプでのノックでかなり腕は上がった。センターのルフィは返球にやや難があり一見センターには不向きのように見えるが、ピッチャーからコンバートした選手だけあって肩の強さが段違いだから、これから伸びるのを期待しての起用だろう。
 唯一、一塁手のゾロが守備の穴だが、他の野手陣のフォローでなんとか持ちこたえている。
 今や批判ばかりのこの新生ストローハッツではあるが、レイリーは、グラウンドの中心に立ちながら、久しく感じることのなかった高揚を感じている。
 あまりホームランとは縁のなかったレイリーにとって、野球人生とは、『野球はホームランだけではない』ことを証明するための場であったような気が、最近している。それは当たり前のことなのだが、前体制では理解されなかった思想であるとも、感じている。
 確実に守り、打撃を繋げて点を取っていくチーム。これを完成させるのは、思っている以上に難しいものだ。
 しかし、そういう野球は、実はかなりおもしろいものではないかと、レイリーは思う。
 新監督、シャンクスのチーム編成は、奇しくもそのレイリーの考えとぴったり合致していた。
 今回の大幅な球団改革の折、球団側はレイリーにコーチないし球団職員への進路、そして現役続投への進路、2つの道を用意してくれた。レイリーの年齢、そして今までの実績を考慮した、恩情とも言うべき待遇だ。
 実のところ、はじめレイリーは、前者への進路を考えていた。寄る年波には勝てない。変わり行くチームの前進を妨げるわけにはいかない。
 けれど、新監督のシャンクスと直接話し、その構想に耳を傾け、もう少しやってやろうと、観客席からではなくグラウンドで野球を楽しんでやろうと、そう思ったのである。

「レイリーさん、早くサイン書いてくれよ。ずっと頼んでんのに」
「ハハ、そうだったな」
「頼むぜ。あんたは俺の憧れの選手なんだ。……決めた! 今日うちが勝ったら、絶対サインしてくれよな。俺の帽子のつばにだぜ」
「いいのか? そんな約束して」
「だって俺は勝つ気だからな。あんたは違うのか?」
「いや……」
 ……そういう意味ではなく、帽子にサインしていいのかと聞いたつもりだったのだけれど。
 悪戯っぽく笑うサンジの挙動のひとつひとつは、若々しさに満ち溢れている。それは既にレイリーからは失われたものだ。
 けれど、もう少し。あともう少し。
 野球を楽しみたい。
 そう思うと、どういうわけか踏みしめたグラウンドから底知れない力が身体に伝わってくるような、そんな気がした。

「プレイボール!」
 主審のゲンさんが右手を高らかに挙げた。オープン戦、最終戦。グラウンドには密やかな緊張が漂っている。