ドリーム・パーク/1~オープン戦編~
勝利への道?
思わず漏れた、といった感のある両チームファンのどよめきが広い球場にこだました。
スリラーバーク対ストローハッツ戦。開始から10分も経っていないが、あっという間に点数が入り、現在のスコアは1−0。
1杯目のビールを飲み干すよりも先に入った1点目に、観客たちも呆然としている。
先発でマウンドに立ったキッドは、スリラーバークの1番、2番打者を続けざまにフォアボールで出塁させ、更にワイルドピッチで2塁走者は3塁へ。打者は1,3塁。
しかし続く3番打者は、バントをレイリーがうまく処理して2塁で殺し、再び1,3塁となった。更に、ワンナウトから続く4番は、続けざまのファールでツーナッシング。このまま押し切れるかと思ったのだが……。
この状況で、キッドが再びワイルドピッチ。大きく横に逸れた球をウソップは止めることができず、3塁打者がホームに帰ってくるのを許してしまった。
まさに、キッド劇場ともいうべき一連の出来事である。
「悪かった、俺が止められなかった……」
「てめえのせいじゃねえよ」
急いでキッドのもとに駆け寄り、ウソップがマスク越しで眉を下げながら申し訳なさそうに言った。実際のところとても捕れる球ではなかったが、キッドの球が、特に序盤は荒れるのははじめからわかっていたことだ。
『キャッチャーの体格ではない』――1軍スタメンとして起用されて以降、ウソップが新聞やら雑誌やらに幾度となく書かれてきたことだ。怒りや悔しさはあったが、そんな評価も覆してやろうと練習には更に熱が入った。それだけに、この1点が酷く悔しい。
「替わるか?」
タイムをかけてマウンドに上ってきたシャンクスが、キッドとウソップ、2人の顔を順に見ながら言った。
「すんません、投げさせてください」
「わかった、続投だ」
あっさりと意見を通され、思わずキッドはシャンクスの顔を見返す。そこにはいつも通りの不敵な笑みがあった。そういえば、入団1年目のキッドを先発に起用すると記者発表したときも、シャンクスはこんな顔をしていたのだったか……。
「ありがとうございます」
(……俺は、期待されているのか)
そもそも、監督自らマウンドに上がってくることなど、そうそうあることではない。
額に浮かんだ汗を拭いながら、すっとキッドの口から感謝の言葉が漏れていた。負けん気ばかりが強いキッドにしては、自分でも信じられないくらい珍しいことだ。
「てめえはよォ、いいからとりあえずストライク入れることだけ考えて投げろ。球威はあんだから、打たれてもそうそう飛びゃしねえだろ。俺たちがなんとかしてやるからよ」
なあレイリーさん、とサンジが言えば、横でレイリーも頷きながら笑った。
「あ、でもこのクソマリモんとこにゃ飛ばすなよ。そればっかりは安全を保障できねえ」
「んだとてめえ」
「あァ? さっきもギリッギリの捕球しやがって、見ててハラハラすんだよ!」
「あんだコラ」
「てめえこそあんだコラ」
「おいおい、お前らが喧嘩してどうすんだよ」
ゾロとサンジの言い合いを見て、ウソップの肩からも思わず力が抜けた。良いのか悪いのか、この2人には緊張感がない。
「ハハハ、サンジは俺よりこえーなァ」
そして誰よりも、ケラケラ笑う監督に一番緊張感がないわけで……。
「ウソップ、てめえもグジグジくだらねえこと考えてもしホームで当たり負けたりなんぞしたら、試合後にケツバットだからな」
しかし油断したはなからサンジの青い目に覗き込まれながらそう言われ、ウソップはギクリとした。どうやら表情に気持ちが出ていたらしい。感情を読まれるなんて捕手失格だな、と内心で苦笑する。
シャンクスの笑い声を聞きつけたのか、主審のゲンさんがじろりとシャンクスを睨んだ。用が済んだらさっさと戻れ、と視線で言っている。
「おっといけねえ……じゃ、俺は戻るぜ。じゃあな!」
ハッハッハ、と笑いながら、帽子を押さえ現役選手さながらの軽やかな足取りでベンチへと戻っていく。
「じゃあなはねえだろ、じゃあなは」
「もっとあるよな、言うべきことが」
その背中を見送りながら飽きれたように言うゾロとサンジに、(お前らが言うな)と内心で突っ込みながらも、ウソップは自分の身体から良い意味で緊張が抜けていることに気付いた。キッドの顔付きからもどことなく自分と同じものを感じる。1点を引き換えに緊張がほぐれた、と言うと皮肉だが、今大事なのは気持ちを切り替えることだ。
「よし、ワンナウト、しっかり守ってこうぜ!」
「おう!」
『お前は、どう思ってるんだ。このチーム』
試合前のローの言葉が、キッドの中でこだまする。その問いに、キッドは答えを返さなかった。
ウソップのサインは、ストレート高め。MFBはほぼ確実にストライクゾーンに入らないし、ストレートにしたって実際コースの要求はほとんど意味がないのだけれど、ウソップは律儀にサインを出す。
他人からそう思われることは少ないがキッドは案外几帳面な性質で、ストローハッツへの入団が決まって以降、チームの捕手の傾向は調べられる限り徹底的に調べつくした。
その中で、キッドが一番気になるリードをしていたのが、ウソップだ。
キッドはまず、ヘッドコーチに問い合わせてチームの中で制球力に優れた投手を3人挙げさせ、その投手が各捕手と組んだときの成績を調べた。ウソップはスタメンとしての起用の機会が少なく得られたデータは圧倒的に少なかったのだが、それでも、何か感じるものがあったのは事実だ。
ウソップの短所としてメディアが真っ先に挙げていたのは体格である。確かに、近年のプロ野球において捕手はそれほど体格を重視されないとは言え、他チーム含めキャッチャーの中で明らかにウソップは見劣りする。しかし、実際にウソップがプレーしているのを見ていると、クロスプレーで大きく当たり負けするということもなく、特別肩が弱いというわけでもない。
最初は奇妙に思っていたが、キャンプを経て、独身寮に入り、キッドはその理由にようやく合点がいった。
ウソップの練習量は、異常と言っても良いくらいのレベルだ。そもそもストローハッツの若手組は練習好きなのかなんなのか、試合後でも構わず夜遅くまで練習をこなしているような馬鹿野郎が多い。しかしその中でも目立つくらいに、ウソップは練習をこなしている。キャンプはじめにシャンクスの号令で全員参加のシャトルランをしていたことがあったが、ウソップはその中でも最後まで残っていたうちのひとりだ。
こいつは、どれくらいの努力をしてきたのだろう。高卒でプロに入り、体格に劣ると言われ、2軍でくすぶり、その間どれほどの苦汁を舐めてきたのだろう。
それが、ウソップからのリードサインに表れているように感じるのだ。
ピッチャー、大きく振りかぶって、一球。
「ットライク! バッターアウト!」
マスク越しに、馬鹿野郎が満面の笑みを浮かべたような気がした。
*
作品名:ドリーム・パーク/1~オープン戦編~ 作家名:ちよ子