小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
universe01 初動
「ぃぃゃやああぁぁッ!!」
声と共に、右手に持った短剣を下から上へと振り上げる。
伝わる鈍い衝撃が、アナスタシアの細い腕を伝って肩を軋ませた。
「ぅあっ」
脇腹から肩口までを裂かれ、その勢いで地面から足が離れる。アンドロイドの男は僅かに呻きながら後ろに大きくぐるりと回って地面に叩きつけられると、突っ伏したまま動かなくなった。
「ふぅ…」
彼女は軽く息を吐くと、首を軽く左右に鳴らして、独りごちる。剣のフォトンを納めてから、柄だけになった短剣を持った腕をゆっくりと降ろした。
フォトンと呼ばれるエネルギーの粒子……それは「全てを構成する光子」という解釈がなされている。今やほとんどの武器の刃や銃の弾は金属ではなく、フォトンで構成されていた。フォトンは物質的質量に対してエネルギー効率が非常に良く、様々な用途に使われておりこの世界を構築する柱となっている。
「アライメントの設定が……神経伝達部がいまひとつですわ。0.001ミリほどブレますわね。帰ったら文句言ってやらなくちゃいけませんわ」
アナスタシアは、キャストというアンドロイドの一種だった。
見た目は身長140センチ前後の少女で、大きく真っ直ぐな瞳、小さいがぽってりと色付いた唇、透き通った銀髪は充分に可愛らしくあった。
しかし、腕や足に着く金属製のパーツや、腰回りのスカート型ホバーが、彼女を無骨なシルエットにさせている。
「思ったより動きが洗練されていますね」
「ファビア、貴方もそう思う?」
後ろからの声に振り向きながら、大袈裟に右手を開いて答えた。
「たかだかローグスの一団のはずなんですが」
アナスタシアの意見にファビアはうなずく。
ファビアは、短い髪に長い耳を持ったニューマン男性だった。かつてヒューマンたちに造られた彼らは、体力的には劣るが非常に高い知能を持つ。彼は細い体躯に、生まれ育ったニューデイズ製の袈裟掛けのような服装に身を包んで、濃緑の髪を短くまとめている。茶色のゴーグルから除く冷静な目が、彼の本質を表していた。
「まぁ、ローグスとはいえ様々だとは思いますが……」
視線を落として答え、ゴーグルを指で上げながら彼は答えた。
そもそもローグスとは「ならず者」の事だ。要するに無法者の集まりで、非合法な行いを生業としている者の総称である。最近この近辺でやたらと怪しい人影を見かける、という民間人の要請で、二人はその調査に来ていた。
そんなわけで、戦力的にも大した事のない三人を労せず打ち倒したものの、どこか釈然としない。
「……違和感があるわ」
「同感ですね。何か噛み合わない」
「1+1は2なのよ。何度計算してもそれは変わらない。なのに、何度計算しても3になるような不自然さ…」
「しかし……判断するには情報が足りない……」
「まったくだわ」
アナスタシアは答えながら、辺りを見渡した。
ここは、惑星モトゥブ。グラール太陽系にはパルム、モトゥブ、ニューデイズの三惑星がある。
モトゥブは資源が豊か、と言えば聞こえはいいが地表のほとんどは岩と砂に覆われ過酷な環境である。半面、資源には恵まれているため常に覇権を狙う者たちからの脅威にさらされてきた場所でもあった。
そういった事情もあり、600年ほど昔に先住民であるヒューマンたちはそんな環境でも生息できる種族を生み出した。それが現在モトゥブで文明を築いている「ビースト」という種族である。
「……でも、詰めが甘いのですわ」
ここは樹木が多い地域で隠れて行動するにはもってこい。おまけに、首都ダグオラ・シティからは北部へ100キロメートルは離れているため、第三者に目撃される可能性は低い。
つまり、自分たち二人の存在に気付いているのなら、殲滅するためにもっと確実な戦術を取ってもおかしくない、と思ったのである。
「……楽観的かもしれませんが」
不意にファビアが口を開いた。
「私たちの隠密が成功した…というのはどうでしょう?」
少し弱気に微笑みながら提案するが、アナスタシアは納得がいかない様子だ。
「……と思いたいのですが。普通、それなりの白兵戦ができる兵士は、それなりの戦術と戦略を持っているものですわ。こんな少人数でただ闇雲に戦闘を行うなど、愚かだとしか思えませんわ」
作戦を仕切る彼女としては、そのような見解にならざるを得なく、どうにもすっきりしなかった。
「……考えても仕方ない、ですね。先を急ぎましょう」
数分前に到達したはずの結論に、結局立ち返る。そう、目的を達成するためにはそれしか無いのだ。
「ファビア、三人は縛って茂みの中へ。もちろん、意識を取り戻す程度に傷を治して情報を聞き出してください。私は念の為、近辺を捜索します。他にも仲間がいるとやっかいだから」
言いながらアナスタシアは、ナノトランサーに短剣と機関銃を放り込んだ。ナノトランサーとは湾曲空間に物質を保管する装置の総称で、ガーディアンズの標準装備の一つでもある。形状は様々だが、アナスタシアは首の後ろにナノトランサーを設けていた。
そのままアナスタシアは踵を返して歩き出す。
「こんな所で、足踏みしているわけにはいきませんもの」
そう、彼らには目標がある。
「見てなさい、ローグスたち。ガーディアンズの名にかけて、全員捕らえてやるんだから」
茂みに近付きながら、アナスタシアは誰に言うまでもなく呟いた。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚