小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
universe15 懐かしい光景と新しい道
早朝5時。ファビアの朝は、いつも通りの起床から始まる。
基本的に夜ふかしなどする事は無いし、ガーディアンたる者としてそのような不戒律な生活は自重すべきだ、とファビアは考えている。
起きて顔を洗うと、そのままコロニー内の小さな公園に向かう。軽く走りこんでの基礎体力作りの後に、テクニックのトレーニング。コロニー内で実際にテクニックを発生させるのは問題があるため、ここでは精神の鍛錬とイメージトレーニングを主とする。
6時ちょうど。トレーニングが一通り終わると、ファビアは部屋に戻ってシャワーを浴び、朝食を作る。朝食は一日の大切な栄養源である事を彼は知っているので、朝は胃への負担が軽くて吸収が良く、栄養の高いものをと心がけている。
本日のメニューはゲンマイ、ミソスープ、それに「ナットー」と呼ばれる、大豆を発酵させたものだ。食物繊維とタンパク質、それにオリゴ糖も豊富である。これらの食物は全て、ニューデイズでは一般的に食べられているものだ。
物心ついてからずっと両親と同じ生活をしているうちに、ファビアにとってこのような規律ある生活はすでに当たり前となっていた。もちろん、ガーディアンズになってからの4年間も、欠かした事は一度も無い。
ただひとつだけ違う事は――食事の前の祈りを、両親に捧げるようになった事。
それだけだ。
ゆっくりと噛むように注意しながら6時30分に食事を終えると、手際良く食器を片づけてから自室に取り付けられている情報管理端末の画面を指で叩く。これはガーディアンズに支給されるもので、メール機能・スケジュール管理・タスク管理・テレビ通話機能などを備えている、"ビジフォン"と呼ばれるものだ。もちろん、同じくガーディアンズから支給される携帯端末のデータと同期が取られており、最新情報は携帯端末からも取り出す事ができるようになっている。
一通り、定期購読しているニュースに目を通してから"日刊ガーディアンズ"にも目を通す。ガーディアンズ本部より毎日配信されている、ガーディアンズ専用のニュースペーパーのようなものだ。やはりSEED関連の話題が多く、慢性的な人手不足が続いているのが見てとれた。
ピッ、と音が鳴る。新しいメールを受信したという合図だ。
本部のミーナからのメールは、重要度"最高"。何事かと即座に開くと、ミーナの立体ホログラムが現れて喋りだす。
「お疲れ様です、ミーナです。ファビアさんに依頼したい任務があります。本日午前11時に、本部へ来て頂けますでしょうか? 以上、よろしくお願いいたします」
頭を下げるミーナのホログラムを見て、ファビアは少しげんなりする。昨日の夕方、モトゥブから帰って来たばかりなのに、早速次の任務とは……。SEED事件以降、明らかにガーディアンズは多忙になっており個々のガーディアンのスケジュールをあまり考慮してくれなくなった。
だが、それは仕方の無い事だ。ファビアは甘い考えを振り払おうとかぶりを振ると、簡単に了承の返事を返した。
そういえば……アナスタシアは、大丈夫なのだろうか? ふと思い出して、ついでに彼女宛にもメールを書く。
(お疲れ様です、ファビアです。昨日はお疲れ様でした。調子はいかがですか? 本日より別任務に当たらなければいけないようなので、しばらくお会いできないかもしれません。それではまた連絡します……)
とりあえずしたためて送信する。今回の一件が、彼女にとって悪影響を及ばさなければいいのだが……。
ひと段落して時計を見ると、6時50分。まだ時間に余裕がある。この間に家事を済ませておけば、後は自分の時間を作る事ができる。洗濯物も少したまっていたはずだし、湯飲みの茶渋も取っておきたい。シャワールームも掃除しなければ。
……やる事はたくさんある。そう思って、ファビアは腰を上げた。
「グラールの未来を守るガーディアンズへようこそ」
ガーディアンズ・コロニーのガーディアンズ本部。受付のミーナがいつも通りの挨拶で、約束の時間よりきっちり10分前に顔を見せたファビアに微笑んだ。
「おはようございます。任務の件で来ました」
「はい、ファビアさんに依頼したい任務があるんです」
言ってミーナはディスプレイを叩く。
「……では、細かい事をお聞きしましょうか。任務の目的は何ですか?」
「ここ最近ニューデイズで起こっている、"カマイタチ"という現象はご存じですよね?」
「もちろんです。いきなり斬りつけられたような傷をつけられるという、あの現象ですね」
「そうです。かなりの被害が出ており、しかもグラール教団が絡んでいるようなので、調査が一向にはかどりません」
ファビアは首を傾げて考える素振りを見せてから、思った事を素直に聞いてみる。
「教団が関係している、という情報の出所は?」
「事件は、そのほとんどが教団本部の建物から半径2キロ以内で起きています。そして、事件が起こり始めたのが二ヶ月前」
「……教団の自警団が大幅に増強された時期、という事ですか」
「そうです。グラール教信者でない人も多く入隊したようですから」
確かに、噂は聞いている。二ヶ月前、SEED事件の事態を重く見たグラール教団は星空殿近辺の警護を強化するために人員を募集した。ガーディアンズからも多数の人間が派遣されたが、教団が求める人数には全然足りず民間からもかなりの人数が登用されたと聞いている。
そのような状態だから、本部の判断は当然だと思えた。
「それで、先月から教団の偵察に一人のガーディアンが任務に当たっています。その者と合流し、協力して任務にあたってください。達成条件はカマイタチと教団の関係の確認、ならびに"カマイタチ"事件の解決です」
「了解、任務を受けましょう。で、潜入していた者は?」
「ガーディアンズ機動警護部所属、"オルハ・ゴーヴァ"です」
ミーナは小型ディスプレイにその姿を映し出し、ファビアに見せる。"髪が短ければ少年に見える少女"という素直な第一印象を抱く。
「……ん? ゴーヴァ?」
どこかで聞き覚えのあるファミリーネームだと思い、ファビアは自分の記憶を探る。そう多くない名前のはずだ……あれはどこで見たのだったか。ガーディアンズの任務……いや違う、指名手配犯……違う、有名人物……会社……。
そうだ、会社だ。
「9年前に経営権を譲渡した、パルムの鉱山と何か関係が?」
僅か1秒ほどで求める記憶に辿り着いたファビアに、ミーナが目を丸くして言う。
「えっ、なんで知ってるんですか……!」
「ええ、以前資料室で古い記事を見ていたのを思い出しました。パルムに鉱山ってあまり無いですから、それで覚えていたんでしょうね」
言葉にならない感嘆の声を上げ、ミーナが驚く。何せ9年も前の記事だ、普通は目を通してもそうはっきりと覚えているものではない。ニューマンの知能が高い事は知っているが、これほどの記憶力を目の当たりにしては、驚くしかなかった。
「その、譲渡した経営者の娘さんです。彼女の識別データは端末に転送しておきますので、直接コンタクトを取ってください」
「分かりました」
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚